『海も暮れきる』、読み終わりはしたものの……。


吉村昭著『海も暮れきる』を数日前に読み終わりました。
読んでいる途中でここにそれについて触れ、
はじめて知った自由律俳句なるものを自分でもつくってみて、
できた駄句を大胆にも記しもしました。
そのあとも我慢できずに新たにつくった駄句の披露に及ぶ始末。

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それはともかく、上記の記事の最後に私はこう書いたのでした。

 小説を読み終わる頃には、
 放哉の句の良さが分かるようになるのかな……。

そう書いた以上は、けじめとして自分の読後の状態を書くのが筋だと思います。

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そう思うのですが、なかなか書きづらい。
放哉の句の良さが分かるようになった、そう言えればいいのですが、
そうは言いがたいもので……。

時折々に放哉のように語を連ねて吐き出すと気持ちがよさそうだ、
自分もその気持ちよさを味わってみたい。
読んでいるうちにそう思われてきて、実際に駄句をひねり出してみた。
そしたら、予想以上に気持ちがよかった。
その気持ちよさを経験した上で放哉の句を見直すと、
それ以前に比べて格段に「入ってくる」感じがした。
それは間違いないことなのです。

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<「入ってくる」感じ>とは何なのかを今考えてみると――

 何かを感じる
   ↓
 句をつくる 
   ↓
 なにがしかの充足感 

その過程を共有した気になったことで、その前よりも放哉の句が
近しく感じられてきた。
そういうことのように思われます。
そしてその感じは今も続いていますが、
ド素人が恐ろしいことをあえて言ってしまうと、
小説中に出てくる放哉の句のどれをとっても、
「これはいい!」と思えるものがない……。

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ただどの句もそれを詠んだときの詠み手の充足感は想像できるのです。
そのことをもって「良さが分かった」と言えればいいのですが、
よくわからない。

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この小説に描かれている放哉は、もうどうしようもなくいやなヤツで、
私は同情を感じるところが全くなく、共感もほぼわきませんでしたが、
例えばここは胸に響きました。

  かれは、ただ句作するだけでよく、過去に作った句をまとめて
 一冊の本にすることになんの関心もいだいていなかった。旧作は
 自分にとって脱殻同然で、彼は新しく少しでも秀れた句を作り出す
 ことに生甲斐を感じていた。(239頁)

句を詠むこと、良いと思える句を詠むことそのこと自体に
喜びを見出している放哉の姿には感じるところがあったのです。

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それにしても、この放哉という人、本当にどうしようもない人。
吉村さんのことですから、資料をもとに膨らませていると思われますが、
この人の人としての嫌らしい弱さが全開になる場面をこれでもかこれでもかと描いていく。
読んでいて苦しくなるほどの凄さ、あるいは酷さ。

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一例だけあげます。178頁~182頁の病院での場面。
結核で苦しんでいる放哉、近くの木下医院が処方した薬が効いたようで一時的に楽になる。
文無しかつ酒乱のこの人、住職である宥玄の好意で住まわせてもらっている小豆島の庵で
一人で酒を飲んでいい気持ちになる。
その勢いで木下医師に礼を言いに行きたくなり、実際に行く。

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https://www.google.com/maps/


夜とはいえまだ診療中なのに、木下を待合室に出てこさせる。
礼を言うだけではすまず、
「あなたは名医だ。こんな島に置いておくのは勿体ない」なんて余計なことを言い、
せめてそこでやめておけばいいのに、さらに
「学校はどこです、出身校は?」なんて言う。

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木下は当惑しながらも「愛知医専ですよ」と素っ気ない口調で答える。
ちなみに放哉自身は東京帝国大学法学部卒。
木下のその返答に対して放哉は、笑いながらこんなことを。

 「そうですか。実は、私の家も医者でしてね。母の実家は、
 鳥取藩に代々仕えた藩医で、姉が医者を養子婿に入れて、
 鳥取で開業しています。私の従弟も東京帝国大学医学部を出て、
 沼津で医院をひらいている。いわば、医者一家ですよ」

顔をこわばらせる木下に、「薄笑いしながらのぞきこむような眼」で
さらにこう言うのです。

 「医大でも医専でも、大した変りはない。本人の勉強次第だ。
 そうでしょう? 先生」

あ~、なんてこと。木下さん、いたたまれなかっただろうな。
木下医師も私も学歴その他で放哉に劣る自分が恥ずかしくていたたまれないんじゃない。
そんなことを言う放哉のことが恥ずかしくていたたまれないんだ。ホントにもう!

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木下さんが「多分……」って答え、「患者を待たせてありますから……」と言うと、
放哉、いい加減にすればいいのに、最後っ屁をかます。

 「そうでしょう。 ご繁昌ですな、 名医のもとには病む者が集る。
 ともかく、先生からいただいた薬のおかげで、このように外を歩く
 ことができるようになりました。あらためて御礼を申し述べます。
 さ、待っている患者の診察をつづけて下さい。私は、これで失礼
 いたします」

それで出て行くのですが、そのあとの放哉の心の中が凄い、酷い。

  礼を言いに来たのに、迷惑そうに追いはらうような態度をとりやがって。
 かれは不快になった。 いっそ引返して、 なじってやろうかと思ったが、
 さすがに宥玄と親しい木下にそのようなことをすることはためらわれた。

唖然呆然……。
その心の動きが手にとるように分かる自分を省みて、胸がひりつく。

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吉村さん、やっぱり凄いな。
おかしな人、困った人を書いても、天下一品。

長くなりましたので、この辺で終りにします。
この本のおかげで私は自由律俳句を知り、
駄句とはいえ、それをつくることの楽しさまで知るようになりました。
一方で、うまく言葉にできない何かを引きずっています。

その「何か」が多少なりとも形になってくれることがあれば、
ここに続きのようなことを書こうかと思っています。
とりあえず、図書館で放哉や自由律俳句関係の本を借りて読んでみるつもりです。


Commented by norakoubou2426 at 2026-03-25 22:29
chronoirさんすごい!
自由律俳句をすぐ作ってみるところがすごいです。
わたしは読んだ後、放哉の句はとても魅力的だ,書いててそれで終わりです。
で、もっと自分の感想を知るためにそのころの記事を探してみました。
二年前の5月で、まだブログを始めたばかりで、なんと読者(いいねをくれた人)はふたりだけ。そのひとりが佐平治さんなのでした。
わたしは佐平治さんの記事により、その作品を知ったのです。
たった二名だったので、もう一度投稿しようかなと思います。
Commented by chronoir2023 at 2026-03-26 00:27
ノラさん、コメントをありがとうございます。

再投稿をぜひお願いします。
ちなみに、私がブログを始めたのは2023年の5月で、
始めてしばらくは<イイネ>も<アクセス>もゼロが続きました。
あとになって、更新できない日にその頃の記事に少しだけ手を入れて再投稿したことが何度かあります。
Commented by saheizi-inokori at 2026-03-26 10:51
わたしもこの本を読みましたが、こんなに深く考えなかったなあ。
ただ、放哉を面白がっただけ。
Commented by chronoir2023 at 2026-03-26 14:20
佐平次さん、コメントをありがとうございます。

いただいたコメントを拝読して思いました
あまりに脆弱な精神の持ち主だった若い頃の自分を強く恥じている私は、
他者の、精神的な弱さに起因すると思われる見苦しさに過剰反応してしまうのかも知れない、と。
この『海も暮れきる』を読んでいたとき、放哉の弱さが、絶え間なくと言ってもいいくらいに、
私の心に不穏な波を起こし、そのことによって私は不快感と快感の両方を味わいました。
実に奇妙な感覚でした。
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by chronoir2023 | 2026-03-25 19:49 | 読書 | Comments(4)

日々の暮らしの中で感じたことや考えたことを書きます。


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