一般化の是非や如何
2025年 11月 17日
このところ、この九月に加筆修正して潮文庫から再刊された、
長谷川洋二という方の労作『八雲の妻』を少しずつ読んでいます。
去年の秋に旧版の『八雲の妻』(長谷川洋二、今井書店、2014年)を
図書館で借りて大変面白く読み、手もとに置いておきたくて買おうとしたのですが、
とうに絶版になっていて買えませんでした。
先月になって文庫の形で再刊されたことを知って即購入し、読み始めました。
すぐ読んでしまうのは勿体ないのでゆっくり読んでいます。
読んでいると、一年前にしかも「大変面白く」読んだはずなのに、内容の大半を覚えていない。
この本に限ったことではないのですが、どの本も再読するとたいていそう。
情けないこと極まりないですが、くり返し新鮮な気持ちで楽しめるのだからいいではないか、
そう自分に言って、無理やり納得しています……。
今日読んでいて194頁~195頁の記述がひどく気になりました。
ハーンが書いたいくつもある怪談のなかの一篇「破られた約束」に関する記述です。
人を戦慄させる話の結びに、筆者(ハーン)は、なぜ死んだ女の恨みが
約束を破った男に向けられず、男の愛を受ける女に向けられるのかと問う。
それに対して、それを語った「友」は、「男はそんな風に考えるものです。
しかし、それは女の感じ方ではありません」と答えたとある。「友」とは
セツ〔ハーンの妻小泉セツのこと〕ということになる。
※〔 〕内は私、chronoirの注記です。以下同。
ひどく気になったのは、「女の感じ方」という言い方です。
23年前に結婚して間もないある日、「女は……」という言い方を私がして
愚妻に「なんでそんな一般化ができるの?!」と叱られたことがあります。
我に返りました。なんという安易な思い込みに陥っていたことかと思いました。
それ以来、できる限りその手の一般化はしないように心がけています。
あくまで「できる限り」にすぎませんが。
昨年、ハーン(小泉八雲)の書いたものを少しずつ読んでいこうと思い、
講談社学術文庫の四冊を買いましたが、まだ殆ど読んでいません。
その中の一冊『怪談・奇談』(1990年)の中に「破られた約束」があり、
10頁に満たない話だったので早速読んでみました。
ある武士が妻に先立たれます。
武士は自ら進んで「自分は再婚しない」と死の床の妻に誓います。
しかし、周囲のすすめに抗することができずに再婚し、
新しい妻を愛し始めます。
で、ある夜、前妻の霊が現れて新しい妻の首をはねてしまうのです。
新妻には何の落ち度もありません。あまりに気の毒。
ハーンならずとも「ひどい話」と思って当然。
私も「ひどい話」だと心の底から思います。
「これまた、ひどい話だ」 わたし〔ハーンのこと〕はそれを物語った友人に言った。
「復習をしたければ、死んだ女は男にたいしてするべきだった」
友人は答えた。「男はそう考えるけど、女は、そういうようには思わないのだよ」
なるほど友人の言うところは正しかった。
(上記の『怪談・奇談』183頁)
「友人の言うところは正しかった」と納得するハーンに引っかかりを覚えながら、
図らずも、このところ話題になっている事件のことが頭に浮かびました。
事件発生から26年も経って、被害者の夫の元同級生が逮捕された殺人事件です。
逮捕された女性は被害者の夫の前妻ではないし、約束を交わした相手でもありません。
でも、自分が執着した男性その人ではなく、その男性の好意を得た女性に憎しみを向けた。
その点では「破られた約束」の殺人者と同じです。
「女ってそういうもの?」
妻にその話をして故意にあらっぽくそうきいたら、
「そんなわけないでしょ、人によるに決まってるじゃん、莫迦じゃないの!」
とのことでした……。
人によると思いますよ(笑)
どうしてだかそういう女の人がいるのは確かです。
どうしてなのでしょう、邪魔者は消せということなのか…
消したからといって想う相手の心が自分に向くと限らない
夢から覚めて現実が残るだけと思うのです🤔
その人のことが好きというより、自分が好きなものを
とられるのが厭な自己愛の強い人ではと思ってしまう😓
どうしてだかそういう女の人がいるのは確かです。
どうしてなのでしょう、邪魔者は消せということなのか…
消したからといって想う相手の心が自分に向くと限らない
夢から覚めて現実が残るだけと思うのです🤔
その人のことが好きというより、自分が好きなものを
とられるのが厭な自己愛の強い人ではと思ってしまう😓
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ameiro-mellowさん、コメントをありがとうございます。
自分をふった相手ではなく(あるいはその人以上に)その相手の恋人や配偶者の方を憎む、
という気持ちは、実は男である私にも分からないではないのです。
でも、殺すほど憎んで実際に殺す、となると話は別。狂気を感じます。
まして、「破られた約束」の死んだ妻の所業はやはりひどすぎると思います。
なにしろ自分はすでに死んでいるのですからね……。
自分をふった相手ではなく(あるいはその人以上に)その相手の恋人や配偶者の方を憎む、
という気持ちは、実は男である私にも分からないではないのです。
でも、殺すほど憎んで実際に殺す、となると話は別。狂気を感じます。
まして、「破られた約束」の死んだ妻の所業はやはりひどすぎると思います。
なにしろ自分はすでに死んでいるのですからね……。
こういう類の人間模様の話は生々しく怖いですね。
人を憎み病んでいく様は幽霊より怖いと思います。
Mさんも女性を女(おなご)と言ったことがあって、私もたしなめたことがあります。
「おなご」の後には「のくせに」と続くからです。
もちろん私には言ったあとのことを考え、恐ろしいから言いませんけど、笑
人を憎み病んでいく様は幽霊より怖いと思います。
Mさんも女性を女(おなご)と言ったことがあって、私もたしなめたことがあります。
「おなご」の後には「のくせに」と続くからです。
もちろん私には言ったあとのことを考え、恐ろしいから言いませんけど、笑
openさん、コメントをありがとうございます。
誰かに対して強い憎しみを抱いたとして、
日々の生活の中で多少なりとも楽しいことがあればその憎しみは弱まったり
消えていったりすると思うのですが、それがなければ、どんどん深まっていくような気がします。
憎しみに支配されるようなことにならずにすんできた自分の幸運と
支配されてしまった人の不仕合わせを思うと、何とも言えない気持ちなります。
誰かに対して強い憎しみを抱いたとして、
日々の生活の中で多少なりとも楽しいことがあればその憎しみは弱まったり
消えていったりすると思うのですが、それがなければ、どんどん深まっていくような気がします。
憎しみに支配されるようなことにならずにすんできた自分の幸運と
支配されてしまった人の不仕合わせを思うと、何とも言えない気持ちなります。
by chronoir2023
| 2025-11-17 21:43
| 読書
|
Comments(4)








