思いがけず『論語』本で知った刑法105条のこと


手持ち無沙汰の時、書棚から無作為に本を引っぱり出して
パラパラと頁を捲ることがあります。
今日、『論語』でそれをやっていたら、
子路篇一八のところで手が止まりました。

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『論語』には気に入っている箇所もあれば、
引っかかりを覚える箇所もあります。
子路篇一八は、後者のひとつです。

 葉公(しょうこう)、孔子に語りて曰(いわ)く、
 吾(わ)が党に直躬(ちょくきゅう)なる者あり。
 その父、羊を攘(ぬす)みて、子、これを証す。
 孔子曰く、吾が党の直(なお)き者は、これに
 異なり。父は子の為めに隠し、子は父の為めに
 隠す。直きことその中に在り。

朝日新聞社の文庫本『中国古典選3 論語 中』(吉川幸次郎、1978年)によれば、
「葉公」の「葉」は地名で、「葉公」はその土地の地方長官とのこと。

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その人が自分が治める地に躬という「直」なる男がいて
父親が羊を盗んだと証言したと孔子に言ったら、
孔子は、父と子が互いに相手のために悪事を隠し合う、
そういうことの中にこそ「直」はあるのだと窘めた。
概ねそんな内容です。

身内の罪を隠すか否か、それはそれで大きなテーマ。
このくだりをしばらくぶりに見てあらためて興味をひかれ、
複数の本でその箇所の拾い読みを始めたところ、
或る事を初めて知りました。

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講談社学術文庫版の『論語』(加地伸行訳注、2004年)のその箇所につけた注に
こうあるのを見つけたのです。

 仮に犯人を蔵匿・隠避したりその証拠を隠滅・偽造したり
 するなどの罪を犯しても、 今日の日本の刑法一〇五条に
 おいても犯人の親族が犯人のためにそれを行なったときは
 刑を免除することができるとしている。(306頁)

もともと法律に疎いからでしょうが、
そんな条文があることなど全く知りませんでした。
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罪を犯した親族を匿ったりその人のために証拠をいじったりしたら、
親族以外の者がそうした場合と同じく罪になると
特に考えることもなく思いなしていました。

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実はその訳注本は通読したことがまだなく、
この注の存在に気づいたのは今日が初めてです。

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えーっ、本当にそんなことが法律に書いてあるの……。

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にわかには信じがたく、<e-Gov 法令検索>(https://laws.e-gov.go.jp › law)で
刑法105条を見てみると――

 第百五条 前二条の罪については、犯人又は逃走した者の親族が
   これらの者の利益のために犯したときは、その刑を免除する
   ことができる。

「前二条」とはこれらです。

 第百三条 罰金以上の刑に当たる罪を犯した者又は拘禁中に
   逃走した者を蔵匿し、又は隠避させた者は、三年以下の
   拘禁刑又は三十万円以下の罰金に処する。
 第百四条 他人の刑事事件に関する証拠を隠滅し、偽造し、
   若しくは変造し、又は偽造若しくは変造の証拠を使用
   した者は、三年以下の拘禁刑又は三十万円以下の罰金
   に処する。

確かに「その刑を免除することができる」と規定されていました。

子どもの頃から現在に至るまで私が見た事件ものの映画やドラマは数知れず。
そのなかには犯人が捕まらないように謀る親族が登場するものがそれなりにあったはず。
でも、上記の規定に言及したものがあった記憶が全くありません。

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もしかしたら、一般人にその規定を知らせるなというその筋の意向が働いているのでは?
そう思えてきます。
その推測が当たっているとして、正直のところ、無理はないかと思わないでもない。

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今のところ刑法犯になった人もなりそうな人も親族の中にはいませんが、
人生何が起こるか分らない。
105条の規定、知っておいても損はない、そう思います。


Commented by saheizi-inokori at 2025-06-24 21:46
刑法の規定が儒教の教えに由来するのか、それとも西欧においても同じなのか、勉強してみます。
Commented by chronoir2023 at 2025-06-24 22:48
佐平次さん、コメントをありがとうございます。

注の引用ですが、これは途中からで、その前にはこうあります。

 法時処置とは、親子の血縁関係よりも、国家と国民との法的関係を重視することである。
 しかし、血縁・地縁によって構成される前近代の共同体では、もちろん、おきては存在するが、
 その運営は柔軟であって、親子の情に配慮している。東北アジアの感覚である。

これに私が引用した部分が続き、それで終わっています。
正直のところ、ことさらわかりにくい言い方をしているように私には思われます。

諸外国において同様の規定があるのかどうか私も気になったのですが、
ネットの検索ではそれらしい情報に行き着くことができませんでした。
Commented by chronoir2023 at 2025-06-25 12:15
私のコメント中の引用文の頭に誤りがありました。
誤:法時処置
正:法的処置
書き間違いが多くて恐縮です。
Commented by saheizi-inokori at 2025-06-25 12:51
フランス、ドイツ、イスラム刑法にも同様の定めがあるようですね。
英米法はないです。
かつて学んだはずなのに。
Commented by chronoir2023 at 2025-06-25 16:18
佐平次さん、こんにちは。

イスラム諸国はともかく、独仏にも同様の規定があるとは驚きです。
この短い間に調べて答えが出せる佐平次さんにもびっくりです。
ネット検索で答えが見つからなくてもやもやしていた私としては実に嬉しく、
仰ぎ見る思いです。
佐平次さん、ありがとうございました!
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by chronoir2023 | 2025-06-24 21:00 | 読書 | Comments(5)

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