ベートーベンの「並の神経では耐えられない」音楽(?)
2025年 05月 23日
今日久しぶりにベートーベンの弦楽四重奏曲第16番を聴きました。
演奏は、リンゼイ弦楽四重奏団。
この曲、やはりいい曲です。
これについて何か書こうと思ったのですが、
以前ここに何か書いたはずだということを思い出しました。
でも、それがいつだったかが思い出せない。
自分のブログ内を「弦楽四重奏」で検索すると、出てきました。
一昨年の6月18日の記事でした。
私がブログを始めたのはその年の5月7日ですから、
全くのブログ初心者だった頃です。
当時は、私のブログへのアクセスはほぼゼロでした。
6月18日のその記事への「イイネ」は当然ゼロでしたし、
今確認しても同じです。
そもそもエキサイト内の他の方々のブログを拝読する楽しさにも
その頃はまだ目覚めていませんでした。
で、どなたにもお読みいただいていない可能性が大なので、
その時の記事の修正版を以下にアップすることにしました。
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十年ほど前、石井宏著『ベートーヴェンとベートホーフェン』(七つ森書館、2013年)を
大変面白く読みました。
興味深い話が満載でしたが、その中でも私が一番面白かったのは、
最後の弦楽四重奏曲(第16番、作品135)の第2楽章の中間部の話です。
好きだと思っていたこの曲について自分がいかに無知かをあらためて思い知らされました。
石井さんは、その部分のスコアの大半を示し、下記のように言います。
これを見て、だれにでも発見できることは、第二ヴァイオリンと
ヴィオラ、チェロの三人がそろって最初から最後まで同じ音の形を
弾き続けているということであろう。 第一ヴァイオリンは一人で
アサッテの音を弾いているが、あとの三人は同じ音を五十回以上も
黙々と弾き続けているのである。
(同書400頁)
同書399頁にある楽譜の画像全体をここにコピペしたいところですが、
版面権絡みの問題がありそうなので、頭だけにします。
これくらいなら許容範囲だろうと思いますので。
確かにゴソゴソとキリキリが聞える変わった音楽だとは思っていましたが、
こんなことになっているとは知りませんでした。
下三パートは、「ドッラソラシ」(移動ドによる)をひたすら奏し続け、
第一ヴァイオリンはオクターブを超える跳躍を繰り返しています。
悲しいのは、ド素人の私には、スコアを見たあとでも、
第一バイオリンが繰り返している跳躍がオクターブ超えであることはよく聴き取れず、
以前通り、流れの悪い音楽を強引にキリキリ弾いていると感じるだけであることです。
さすがに、残りの三パートが同じ音形を繰り返していることは、
耳でも分かるようになりましたが。
なお、石井さんはこの部分について「並の神経はこの異常さに耐えられない」
と書いています。(401頁)
ところが私は、ちょっと変わった音楽、面白い音楽として、
耐えられないどころか、楽しんでいました。
今後もきっとそうでしょう。
ド素人ならではの並外れた無神経のおかげということになります。
最後に長めの蛇足を一つ。
上の引用文中の「黙々と弾き続けている」という言い方はどうなのでしょうか。
弾き語りでない限り、また、演奏しながらその音楽を口ずさまずにはいられない人でない限り、
楽器は黙って奏するもの。
それに、奏者は楽器を、しかもそれなりの音量で弾いているわけですから、
「黙々と」はこの文脈では違和感があります。
著者は、同じ音形の何十回ものくり返しを文句も言わずに律儀に弾いている、
という意味合いでこの言葉を使ったのだと思いますが、私の神経を少しだけながら刺激します。
無神経者のように言われた(?)腹いせに、ということではなく、
これはこれでちょっと面白いと思いましたので、書き添えました。
黙々と、不平も言わずに、くらいの意味かな。
私はおもしろく読めるのですが、もちろんブログ本文も!
私はおもしろく読めるのですが、もちろんブログ本文も!
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佐平次さん、コメントをありがとうございます。
著者は私のように引っかかりを感じる読者がいるかもしれないことは承知の上で
面白がってわざとその言い方をしたのかも知れません。
石井さんなら、そんなこともやりかねない、そんな気がしてきました。
著者は私のように引っかかりを感じる読者がいるかもしれないことは承知の上で
面白がってわざとその言い方をしたのかも知れません。
石井さんなら、そんなこともやりかねない、そんな気がしてきました。
by chronoir2023
| 2025-05-23 21:52
| クラシック音楽
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Comments(2)









