神々しさと爽やかさと頼りなさを味わった今日の午後
2025年 04月 02日
今日の午前中にやっと仕事が終わりました。
で、昼過ぎに妻と二人で業務用スーパーに向かいました。
2月の頭に松江に越してきて以来、行ったのはまだ一度だけ。
山の上にあり、緩やかとはいえ、かなり長い坂道をのぼらなければなりません。
道が細く、車は両方向それなりに通るのでかなり歩きにくい。
当地の人の多くの移動手段は車で、道を歩いている人をあまり見かけません。
そんな道ともなれば、そこを歩くのは私たちぐらい。
実際に歩けば20分程度なのですが、どうしても足が遠のいてしまいます。
でも、たまには行ってみたくなります。
妻が大好きな<瑞泉>(泡盛の銘柄)を売っている近場の店は
今のことろそこしか知らないということがありますし……。
実は今回、私としては、別の目的がありました。
坂の上り口付近の右側の斜面に妻の実家が持っている僅かな土地があり、
そこにご神木が鎮座しているのです。
前回行った時は話を聞いただけでちゃんと見ず、
そのことをずっと後悔していました。
これから先見ることができる機会はいくらでもあるでしょうが、
気づいたからには気持ちが逸ります。
ありました、ご神木。
タブノキだそう。
毎年12月28日には注連縄をまき、紙垂を飾って酒をかけ、
拝んで帰ってくるとのこと。
今年からは私も一緒にやりたいし、やることになるはず。
いつからやっていることなのかと妻に聞くと、
詳しいことは分らないが、江戸時代からやっているはずで、
木は樹齢二百年は優に越しているとのこと。
この数年は年末に一人で帰ったときに妹と自分の二人でやっている、
自分が子どもの頃は、今は亡き父が中心になってやっていて、
そのあとは、妹と親戚のおじさんやおばさんがやっていたはずだが、
妹以外は皆高齢になってできなくなった、とのこと。
周囲にはほかの木がいろいろ生えているので、全体像の把握が至難。
ただし、他から高く抜きん出た枝の部分はよく見えます。
道路の反対側の向こうまで伸びています。
少しのぼってから振りかえると――
大木であることがあらためてわかりました。
その時突然、枝の間から光が!
偶然にすぎませんが、神々しさを感じました。
この木のそばにも椿の花がかなりの数咲いていましたが、
少し上ったところでとりわけきれいなのに出会いました。
さらにのぼると、坂道の左側に竹の密林が続きます。
坂を登り切って少し歩いて目的地に達し、<瑞泉>と夕食用の食材を購入。
では、帰ろう。
いや、ちょっと待て、ここは山の頂上。
ならば宍道湖が見えるのではないか。
妻にそう言うと、昔は見えたとのこと。
今でこそ山の上は工業団地のようになっているが、
昔は殆ど建物がなかったから、と。
で、ちょっと寄り道して多少見晴らしがよさそうな方に向かいました。
と、きれいな黄色――さわやかなレモン色が目に飛び込んできました。
これは菜の花?
会社の敷地の外の斜面に無数立ち並んでいます。
やけに真っ直ぐで、やけに細い。
体の中を爽やかな風が吹き抜けるよう。
その先に手すりが見えます。
ここを上れば湖が見えるよ、と私を誘っているよう。
しかし、相当に危なっかしい。
頼りにしてのぼると痛い目に遭いそう。
なので、頼りにせず、そっと手を添える程度で恐る恐る上ると――
肉眼ではよく分りません。
で、最近は鳥を見るために外出時には常時携帯している双眼鏡で見ると
見えはしたものの景色として冴えない。
カメラで撮ったらオートで手前にピントが合ってしまい、ますます冴えません。
がっかりしました。
それにしても私を誘った手すり、頼りにしなくてよかった。
ぼろぼろで、今にも崩れ落ちそうでした。
私に続いてのぼった妻が、私同様無事におりてこられてほっとしました。
自宅からその山とは別の方向に遺跡公園になっている小山があり、
そこからの眺めはかなりいいらしい。
自宅から歩いて15分足らずのところにのぼり口があるので、
ぜひ行きたいと思っているのですが、
なかなか日に恵まれず、まだ実現していません。
実現したら、その様子をここに書こうと思っています。
by chronoir2023
| 2025-04-02 21:38
| 生き物
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