逃げる者は追いかけられる(?)


小学校中学年の頃、犬に追いかけられたことがあります。
今は全く見かけませんが、当時は野良犬(捨て犬?)が
ぶらぶらしていることがたまにありました。

下校時、五、六人で連れ立って校門を出たところで
大きな犬に遭遇。
わーっと全員駆け出しました。
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犬が追ってきます。
人間の子どもは力尽きた順に一人ずつ離脱。
犬と余力のある子どもは走り続けます。

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当時の私は駆けっこが得意で、
なおかつ犬を人一倍恐がる子どもでした。
恐怖に駆られて走り続けるも、
何百メートルか走ったところで限界に。
振り向くと走っているのは犬と私だけ。
他の人は全員離脱してしまっていました。

だめだ、もう走れないーっ、
襲われる――っ!

心の中で叫びつつ、恐怖に慄きながら立ち止まりました。

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するとなんと、犬は私の横を走りすぎ、
そのまま遠くに行ってしまいました。
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あとで考えてみれば、小学生が「駆けっこ」で犬に敵うはずはなく、
子どもに飛びかかる気がその犬にあったなら、
どの子かがすぐに襲われていたはずなのです。

数日前、風邪気味の妻は外出を控え、
私がひとりで買い物に出てとぼとぼ歩いているときに
ふとそんな半世紀以上前の出来事が頭に浮かびました。

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なぜそんな昔々のことを思い出したのだろうと考えたら、
すでに何度も見ているNHKのドラマ『これは経費で落ちません!』のDVDを
このところ妻と一緒に食事の時に見ていて
それに「逃げる男」「逃げる女」が出てくるので、
そのせいだろうと気づきました。

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そして、社会人になるまで自分が「逃げる男」であったことを
あらためて思い出すとともに、
一時期自分への諫めとした自作の極論を思い出しました。

 逃げる者は追いかけられる。
 追いかけられるのがいやなら、逃げるのをやめることだ。
 逃げるのをやめれば、追いかけられることはない。

自分にそう言い聞かせ、私は逃げることをやめました。
社会人になるまでの私は様々なことから逃げる男だったのです。
逃げることで当面の安定、偽りの安定を確保し、
自分の弱さをずるずると引きずり、深めていました。
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自分に向けてそんな教訓もどきをでっちあげたとき、
子どもの頃に犬に追いかけられたことが頭にあったわけではないのです。
でも、その出来事が関係していたかも知れないとはじめて気づきました。
その「発見」がとても面白く感じられたもので、
ここに書きたくなった次第です。

なお、小学生の私は結果的に犬に襲われはしませんでしたが、
逃げないでいて襲われた可能性もなくはないと思いますし、
津波や火事をはじめ、逃げなければいけない対象があります。

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また、その教訓もどきのおかげで、
私はいつしか人並程度の強さは得たような気がしますが、
そこに至るまでには、逃げてもいいようなことまで逃げず、
無駄に面倒な事態を招いたこともありました。
今となってはそれも遠い昔のことですが……。


Commented at 2025-01-27 21:47
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by chronoir2023 at 2025-01-28 14:06
鍵コメさん、コメントをありがとうございます。

犬に襲われて大怪我をしていたら洒落になりませんが、
ほんのわずかに傷跡が残る程度の怪我だったら、話を盛って武勇伝にできたかもなどと
お気楽なことを考えることがあります。
それにしも、何十年も前の子どもの頃のことをふと思い出すことがあり、
そのたびに自分の忘れっぽさに驚かされます。
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by chronoir2023 | 2025-01-27 20:12 | 失敗談 | Comments(2)

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