ラフカディオ・ハーン その11


『八雲の妻』を読んでいて快いのは、
八雲(=ハーン)の周りに善良で賢い人が次々に現れること。

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明治二十三年(1890年)四月に来日したハーンは、
その年のうちに島根県松江の中学校及び師範学校で
英語を教え始めます。
中学校の若き教頭西田千太郎が素晴らしい人物で、
ハーンと西田は親友になります。

ちなみに、前回の<その10>に書いたことですが、
幕藩体制崩壊後、士族の多くが困窮生活に陥ります。

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しかし、その一方で、松江藩の武家出身の中には、
大正末から昭和の初めにかけて首相となった若槻礼次郎をはじめ、
新しい時代に力を発揮して活躍した人もいます。
そして、そのような人々の大半が下級士族の出身でした。
若槻がそうであったように、西田も足軽の家の出です。
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西田はセツより6歳上で、ハーンより12歳下。
40歳のハーンが松江の中学に着任したときは、28歳でした。

山田太一の脚本によるNHKドラマ『日本の面影』(1984年)では
若き小林薫が西田を演じていました。
非常に魅力的な好人物に見え、印象深かった。





それはドラマに過ぎませんが、『八雲の妻』で知ったハーンの西田評は、
ドラマが与えた印象そのままの西田を髣髴させます。
同書の巻末に収められているセツ夫人の手記「思ひ出の記」にこうあります。

 中学の教頭の西田と申す方に大層御世話になりました。
 二人は互に好き合つて非常に親密になりました。ヘルンは
 西田さんを全く信用してほめてゐました。「利口と、親切と、
 よく事を知る、少しも卑怯者の心ありません、私の悪い事、
 皆伝うてくれます、本当の男の心、お世辞ありません、と
 可愛らしいの男です」
 (長谷川洋二『八雲の妻』今井書店、2014年、310頁)

残念なことに、西田は明治三十年に34歳の若さで病死します。
結核でした。
ハーンは悲しみに暮れます。

 「あのやうな善い人です、あのやうな病気参ります、
 ですから世界むごいです。なぜ悪き人に悪き病気
 参りません」
 (同書、同頁)

明治三十六年に東大を解雇されたハーンは、
翌年の三月から死までの数か月早稲田大学で教鞭を執るのですが、
当時の早稲田大学学鑑の髙田早苗が西田に似ていると言って喜んだとのこと。

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当時、ハーンがそれほど敬愛し思慕する日本人男性がいたことを
私はとてもうれしく感じます。

『八雲の妻』に登場するハーンの友人の中に、
私が特に印象深く感じた人がもう一人います。
ミッチェル・マクドナルドです。
その人が日本で亡くなった事情を読んだ時には、
目頭が熱くなりました。

それについては、<その12>で近日中に書こうと思います。


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by chronoir2023 | 2025-01-24 20:49 | 読書 | Comments(0)

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