ラフカディオ・ハーン その10
2025年 01月 23日
一昨日の<その9>の続きです。
八雲(ハーン)の妻セツの実母チエは稀見る器量良し。
一回目の結婚の初夜に新郎の心中事件が起き、その結婚はご破算。
しかし、そこはそれ、良家のお嬢様にして麗しき人ですから、
翌嘉永四年(1851年)三百石の小泉家に嫁ぎなおします。
で、幕藩体制が続いている間はよかったのですが、
崩壊後は大変なことになります。
明治維新になって士族の多くが没落したであろうことは
想像に難くないのですが、『八雲の妻』でそうなった経緯や実例を読むと、
何ともやるせない気持ちになります。
威張り腐っていた厭なヤツが没落するのはざまあ見ろですが、
そういう人が大多数だったとは思えないのです。
明治三年の暮れまでに松江藩の士分の者999人全員の家禄が
一律に三十二石になります。
それまでの石高にかかわりなく、全て同額となったとのこと。
セツの実父は三百石、養父は百石でしたが、
当然どちらも三十二石になりました。
あまりに大きな減額。
でも、ネット上の複数の情報を総合すると、
三十二石は現在の年収四百万円前後にあたるらしい、
ならば、現在の私のフリーランスの仕事による収入+年金収入よりずっと多い……。
こいつら、何を贅沢なことを言っているんだ!
一瞬そんな言葉が浮かんだ後、すぐにこう思います。
とは言っても、落差が大きすぎる、
それに、私とは違って、大所帯のはず、
比べることに土台無理がある、と。
明治七年から八年にかけて、
家禄の奉還と引き換えに家禄の6年分を支給するという通達が全国的にされます。
『八雲の妻』76頁の記述によると、全国の士族のうちの約四分の一がその支給を受け、
その八割から九割がそれを元手にした事業や投資に失敗し、貧民に成り下がったとのこと。
セツの実の親の家も、養い親の家もそれでした。
セツの実母、才色兼備をうたわれたチエに至っては、未亡人となり、
当時の『山陰新聞』に「乞食と迄に至りし」とまで書かれました。
チエは、幕藩体制の時代においては、理想と言えるほどの女性でした。
高級武士の娘としての覚悟と才覚を十分に備えた人物でした。
でも、時代が変わると、絵に描いたような駄目人間になってしまいました。
日用品の買い物のしかたさえ分らないような人だったのです。
セツは没落したニ家を支えるため、孤軍奮闘します。
それゆえに、ハーンの家に住み込み女中として入るのです、
「洋妾(ラシャメン)」にされることを覚悟で。
救いは、その家の主が好人物であったこと。
好人物である上に日本びいきであったこと、です。
そういう二人だからこそ、『八雲の妻』を読んでいると、
私は二人に感情移入してしまいます。
そして、感情移入してしまうと、
二人がますます好ましい人物に思えてきます。
今日はここまで。
近日中に<その11>を書ければと思っています。
続きを楽しみにしています!
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by chronoir2023
| 2025-01-23 22:09
| 読書
|
Comments(2)












