小林秀雄とベルジャーエフ


手持ちの仕事が終わったのに、
引っ越しのことを考えると気持が落ち着かず、
あれこれ整理作業を始めてしまいます。

神経が休まらず、結構疲れる。
気を晴らすべく、また例によって書棚から本を取り出し、ぱらぱら捲る。

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今日三冊目に手にしたのは、二、三ヶ月前にも手にした
ベルジャーエフの『ドストエフスキーの世界観』。

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社会人になって営業部に配属になり、
一週間か二週間単位で北関東の某県をクルマで回って活動をしていた頃、
夜ホテルに戻ってから暗い灯りの下で夢中で読んだ本です。

いつか読み直そうと思いつつ、結局いまだに実行していません。
今でき、今したくなるのは、
線が引いてあるところを拾い読みすることだけ。

今日目にとまったのは、この箇所です。

 人間は前よりもよくはならなかった。人間は前よりも
 神に近づきはしなかった。けれども、人間の魂は無限に
 複雑となり、人間の意識は無限に鋭くなったのである。
           (斎藤栄治訳、白水社、1978年、70頁)
 
以前、8月11日に取り上げたのは、下の箇所でした。


  およそ天才というものはすべて国民的であって、
 国際的ではなく、国民的なもののうちに全人類的な
 ものを表現するものであるが、このことはとりわけ
 ドストエフスキーによくあてはまる。
                   (同上、16頁)

こちらの方は覚えていました。
しかし、今日目にとまった箇所は記憶にありません。
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その一方で、その言葉は別の人の言葉を思い出させました。

 この十八世紀人の単純な心の深さに比べれば、
 現代人の心の複雑さは殆ど底が知れているとも
 言えようか。
 (小林秀雄「モオツァルト」『モオツァルト・無常という事』新潮文庫、1991年、44頁)
 ※これは妻が持っていた改版です。私が持っていた本は見つかりませんでした。


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この小林秀雄の言葉は、最初に読んだときからずっと印象に残っています。

中学生の頃、FMであらゆるジャンルの音楽を聴き、
結局ダントツに気に入ったのがモーツァルトの音楽。
FM雑誌を買ってモーツァルトの曲をカセットテープに録音しまくり、
夢中で聴いていました。

そんなある日、本屋で文庫のコーナーを見ていたら、
幅の狭い背表紙に『モオツァルト・無常という事』とあるのが目に入り、
即座にその本を買いました。
今思うと中学生には難しすぎたのではないかと思うのですが、
モーツァルトに夢中になっていた当時の私には、
分る分らないは関係なかった。
同じ本に入っているほかのエッセイはちんぷんかんでしたが、
「モオツァルト」だけは大変面白く読みました。

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著者である小林秀雄という人が
日本の文芸界の大御所であることを知ったのは、
高校生になってからでした。

それぞれの文章は文脈が異なります。
神への言及の有無の違いも顕著ですし、
ベルジャーエフの方は現象を述べただけで現代人批判を意図していないのに対して、
小林秀雄の方には現代人批判の気味があります。
でも、局所的に見れば似ています。

好奇心に駆られてそれぞれの発表年を確かめてみると、
小林の「モオツァルト」は1946年末。

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一方ベルジャーエフの『ドストエフスキーの世界観』は、
国外追放後の1923年にプラハで刊行されていますが、
和訳本が出たのは、1941年のこと。
その訳本は、会員登録さえすれば、
国会図書館デジタルコレクションで読むことができます。


その本ではこう訳されていました。

 人間はよりよくもならず神により近づいてもゐないが、
 無限に彼の心霊は複雑化し彼の意識は先鋭化した。
 (『ドストイェフスキイの世界観』香島次郎訳、朱雀書林, 1941年、61頁)
  ※太字は引用元では傍点になっています。


小林秀雄、ベルジャーエフのこの本読んだな、
そう思いました。

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当たっているかどうかは怪しいですし、
当たっていたところでどうということもないのですが、
こういうことにぶつかると結構楽しい。
楽しくて、ここに書かずにいられなくなりました。

それにしても、その箇所に線を引いていた当時の私、
なぜ小林秀雄の文章を連想しなかったのか?
連想したのだが、今はもうそのことを覚えていないのか?
答えは出ないのですが、最近の自分を振り返ると、
後者の可能性も十分にある、という気がします……。


Commented by baobab20_z21 at 2024-11-26 20:26
罪と罰、かなり昔に読んだんですが、あんまりいいと思わなかったんです。終始、神がどうのって言ってたような?
西洋文学は、基本が神にあるからか、どうもストンっと入ってこない。ずっと神って言っててちょっと煩わしいところがあって、、日本人に理解できるんでしょうか?素朴な疑問です。

それと共通して、ゾンビ映画って、あれまったく理解できないのよねー、ゾンビなんて面白くもなんともないっていうか。

話それてすみません、
Commented by chronoir2023 at 2024-11-26 21:10
なちこさん、コメントをありがとうございます。

私は『罪と罰』は好きですが、ゾンビ映画は好みません。
でも、例外が一つだけあります。
日本映画の『キツツキと雨』。役所広司と小栗旬が主演しています。
微妙な出来の映画ですが、私は好きです。録画して何回か見ました。
そのうちまた見ると思います。
ちなみに、ゾンビは走れないそうです。
ホントかどうか知りませんが(ゾンビの存在自体ホントとは思えませんが、それはさておき……)、
この映画でそう言っていました。
妻と二人で大笑いしました。
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by chronoir2023 | 2024-11-25 21:45 | 読書 | Comments(2)

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