善意の怖さ その4


一昨日の<善意の怖さ その3>を書くに際して
吉田満の「重過ぎる善意――父のこと」の一節はすでに頭の中にありました。
<その2>で取り上げずみだったので当然です。

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そして、それとは別に、
<その3>を書きながら頭をかすめた一節がありました。
『論語』の公冶長篇の中のものです。

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 子曰、孰謂微生高直、或乞醯焉、乞諸其鄰而与之。

 子(し)曰(い)はく、孰(たれ)か微生高(びせいこう)を
 直(ちょく)と謂(い)ふ。或(あ)るひと醯(す)を乞(こ)ふ。
 諸(こ)れを其(そ)の鄰(とな)りに乞うて之(こ)れに与ふ。

簡便に訳せばこんな感じです。

 先生がおっしゃった。
 「微生高を真っ直ぐな人だと誰が言うのか。
 ある人が酢を借りに来た際、隣の家から酢を借りて
 それを渡した」

たぶん数ある文庫版の『論語』の中で最も売れているであろう岩波文庫版では
孔子の発言はこう訳されています。

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 微生高のことを正直だなどとだれがいうのか。
 ある人が酢をもらいにいったら、その隣りからもらってきて、
 〔むりに上(うわ)べをとりつくろって〕それを与えた。
 (『論語』金谷治訳注、岩波文庫、73頁)

吉川幸次郎は、この発言の意図を解釈して、こう言っています。

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 人間はもとより善意をもって生きるべきである。
 しかしその善意を遂行できない場合がないでは
 ない。人からものを頼まれても、できない場合
 は、率直に断るがいいのである。善意を無理に
 遂行しようとすれば、そこに虚偽が生まれる、
 という重要な教訓をこの条は含んでいる。
 (『中国古典選3 論語(上)』吉川幸次郎、1978年、朝日新聞社、159頁)

私の父は親戚からの借金の依頼に対して依頼より多く貸したのであって、
第三者から借りてそれを貸したわけではありません。
しかし、当時、多めに貸そうと思うと父が言うのを聞いて、
私は『論語』のこの一節を思い出しました。
そして、貸すなら向こうの望んでいる額までにするべきだと思ったし、
そう言いました。

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私は父が「むりに上べをとりつくろおうとしている」とは全く思いませんでした。
善意から、厚意から出たことであることを疑いませんでした。
今思い出しても同じです。
でも、過剰な善意、過剰な厚意はトラブルのもとだし、
何かこう、嫌な感じを拭うことができなかったので、反対しました。
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実は今これを書くために、手もとにある『論語』本七、八冊を取り出し、
次々にその一節とその解説に目を通して驚きました。
私はこの一節は、過剰な善意を戒めているものとして記憶していたのですが、
上記の引用で明らかなように、一般的にはそうではなかったからです。

宇野哲人著の『論語新釈』(講談社学術文庫、1980年)は、
朱熹の『論語集註』の解釈を踏襲して、こんなふうに訳しています。

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 誰が微生高を直(ちょく)だと謂(い)うのか。ある人が醋(す)を
 もらいに来た時、己(おのれ)の家に無かったので、陰(ひそか)に
 鄰(となり)の家(うち)から貰って来て、己の家の物のような顔を
 して、その人に与えた。これは人の美を奪い己の恩を売るのであって
 直とは謂われない。
 (140頁)

何もそこまで言わなくてもという気がします。

私はこの一節から、
「善意を無理に遂行しようとすれば、そこに虚偽が生まれる」という教訓ではなく、
「善意も過ぎるとあだとなりかねない」
「善意もまた、過ぎたるは猶及ばざるが如し」
という教訓を得ました。

独りよがりもいいところですが、少なくとも私にとってそれは、
一般的な解釈がもたらす教訓と同等かそれよりも意義のある教訓に思われます。


<その5>が書けるかどうか微妙ですが、書けたらアップします。


Commented by kadakura at 2024-10-16 22:26
「酢を借りに」という例えが、正直言ってあっけにとられました。
なんだか江戸の長屋のやりとりのようで。
何故「酢」でなければならなかったのか?と思うと
まじめなお話なのにも関わらず、笑いがこみ上げてきます。

お父上様のようなタイプ、身近にいます。
自分や自分の家族を守る意識に欠けている、と思うほかない気前?の
良さです。しっかり者にならざるを得ません(;'∀')

話しは逸れますが「ポトラッチ」という風習のこと、思い出しました。
北米先住民の贈り物の応酬です。度が過ぎた贈り物が問題視されて
禁止されたのだとか。

ご存じでしたら失礼しました(^-^;






Commented by chronoir2023 at 2024-10-17 07:57
味噌煮さん、コメントをありがとうございます。

>まじめなお話なのにも関わらず、笑いがこみ上げてきます。
確かにひどくスケールの小さい話ですね。
だからでしょう、異説を唱えるのが大好きな荻生徂徠は、この一節は、
孔子自身が近所に住む微生高に酢を借りにいったときのことを戯れに軽く話しただけもので、
誰かの行為を批判するようなそんな話ではない、というようなことを言っています。
その可能性もなくはないと思います。

>「ポトラッチ」という風習のこと、思い出しました。
何かでちらっと読んだような気がするだけなのでちょっと調べてみましたが、
確かにこれは「贈り物の応酬」ですね。結構怖い……。
これとは比較になりませんが、日本にもただいたものに対するお返しの習慣がありますね。
私はあれが苦手で、誰かが何かをくれたらその厚意に感謝するだけでたいていお返しはしません。
いつかその人が困っているときに手を貸すことはしようと思う程度です。
そして、人に何かをあげるときは、お返しをしないでくれることを願います。
なかなか思うようにはいきませんが……。
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by chronoir2023 | 2024-10-15 20:50 | 読書 | Comments(2)

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