善意の怖さ その3
2024年 10月 13日
15年前になくなった私の父は、現役時代は民間企業に勤めていました。
私が知る限り、表裏がなく、悪意のかけらもないような人でしたが、
他者と自分の区別がつかないところがありました。
世の中の人の大半は、自分と同じように物事を考えると思い込んでいるように見えました。
困ったことに、母(父にとっての妻、4年前に他界)はもっとその傾向が強かったので、
時におかしなことになりました。
遠く離れた地方で開業医をしていた母の兄T(父にとっては義兄)が
借金を頼んで来たとき、
父は、よほど困っているんだろうと思いやり、決して裕福ではないのに、
先方が希望した額よりも多くを貸しました。
その後Tは破産手続きをし、その旨の通知が届きました。
ところが、ご本人からもその妻からも電話も手紙もない。
要するに、挨拶がない。
父は、自分も苦しい中貸したのに、なぜ多少なりとも返さないのか、
返さないなら返せないでなぜ挨拶がないのか、
文句の手紙を書き、待っても待っても返事が来ないので、
ますます不満を募らせていました。
私はイライラしました。
二重三重に父は間違っていると思いました。
恩義を受け、しかもそれを返せない人は、それが重荷になる。
父にはそれが分らないのです。
そもそも向こうにしてみれば、
破産が認められたのだから返済の義務はもうない。
私が説明しても、父は納得しませんでした。
実は、その借金の依頼があったときにその話を聞いた私は、
貸すにしても、向こうが言ってきたよりも多く貸すのはやめた方がいいと言いました。
勿体ないからではない、こちらが考えているほど相手は感謝しない、
かえってトラブルのもとになる、とまで言ったのです。
しかし、耳を貸しませんでした。
父も母も質素な人でしたが、けちん坊ではありませんでした。
相手が事情を説明し、誠実に詫びのひと言を言ってくれたら、
気持ちよくではないにしても、あっさりと諦めただろうと思います。
善意の人である父と母は、相手も善意の人だと信じていて、
そのうち何か挨拶があるに違いない、いつあるんだ、とひたすら待っていたのです。
私は呆れていました。つける薬がない……。
そこまでいくともう善意の人ではなくなって、妄執の人です。
過剰な善意のせいでそうなってしまいました。
ちなみに、相手はそのまま亡くなりました。
今思うに、父に私の考えを言ったとき、私の頭には、
30歳代だった当時の自分のそれまでの乏しい経験とともに、
吉田満の「重過ぎる善意――父のこと」と『論語』の公冶長篇の一節が
思い浮かんでいたように思われます。
今日はここまでにして、明日か数日後に続きを書こうと思います。
by chronoir2023
| 2024-10-13 21:58
| 読書
|
Comments(0)








