善意の怖さ その2


先月の今日、「善意の怖さ」ということが頭に浮かび、
それについて考え、書いてみたいと思ったのですが、
その時は仕事に追われていて余裕がなく、
このブログを始めた直後に書いたものにちょっとだけ手を入れ、
それをアップするだけでとりあえずすましました。

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昨日手持ちの仕事が終わりました。
今日妻が実家に帰り、3週間ほど不在になりますので、
その間は私が全ての家事をしなければなりませんが、
それでも本業の仕事がなければ余裕があります。
で、腰を据えて「善意の怖さ」について書いてみるかという気になったのですが、
あのとき自分が何を書こうとしていたのかが思い出せないのです。

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最近こういうことが多い。
思いついたその時に、メモするとか、
興味を持ってくれなそうでもとりあえず妻に話すとか、
自分の中で考えを確かめて反芻するとかしないと忘れてしまう。

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思いついたその時は、自分にとって大事なことに思え、
だからこそ忘れるはずがないと思っているのです。
ということは、その時はそう思ったが実は大したことではなかったか、
大したことでも忘れてしまうほどボケているかのどちらかということになります。
困ったことです……。

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そのうち、思いついたその時にいろいろ考えた中に、
吉田満の文章があったことだけやっと思い出しました。

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吉田満の『戦中派の死生観』所収のエッセイなのですが、
もう読むことはないだろうと手放してしまった本なので、
手もとにありません。
で、今日図書館で借りてきました。

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「重過ぎる善意――父のこと」。
「あとがき」を除けば、本の最後に掲載されていました。

必要最小限を引用します。

  父は善意の人であった。 身内からいうのもおかしいが、やや
 誇張していえば、父の善意には底がなかった。ある人につくそう
 と思い立つと、たとえばなけなしの土地を分けてやる、ゴルフの
 会員権を譲り渡す、思い切って豪華なプレゼントを贈りつづける、
 希望はなんでもきいてあげる。
 (中略)
  さて、 「重過ぎるほどの善意」 は、 あたえる側からみれば、
 それが出来るというだけでも有難いことにちがいないが、これを
 受ける側からみれば、どういうことになるのであろうか。善意は
 重ければ重いほど、 より多く感謝されるのであろうか。 私の
 推測では、事はそのように単純ではない。人が受け入れられる
 善意には限度があり、限度をこえれば、人はその場から逃げ出す
 ほかない、というのが私の推測である。
  父とのつながりがそれほど濃くないのに、思いがけず重過ぎる
 善意をあたえられた人は、ほとんど目立たぬように父の眼前から
 消えていき、二度の父の視野には入ろうとしなかった。 背負い
 切れぬほどに重い善意は、むしろ苦痛をあたえるものなのかも
 しれない。
 (文藝春秋、1980年、333~335頁)

20代の頃にこれを読んだとき、こう思いました。

自分が誰かのために何かをした場合、そのことを重視しないようにしようと。
理由は二つです。

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一つ目。
自分はその人のためと思ってしたことがその人のためになったかどうかは
その人にも自分にも永遠に分らない。
私がそれをしなければ、もっとよい結果が生じた可能性がある。

二つ目。
かりに少なくともその人は私のおかげで助かったと思ったとしても、
そして、私自身も自分はその人を助けたと確信しているとしても、
そのことによってその人から敬遠される恐れがある。
憎まれることだってありうる。
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私は今も昔も、ゴルフの会員権も自分の住んでいるところ以外の土地も、
豪華なプレゼントを買う大金も持っていません。
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でも、いきがかりで、自分ではその人のためにと思って、
ちょっとした何かをしたことぐらいはあります。

長くなったので、今日はここまでにします。


Commented at 2024-10-12 23:10
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by chronoir2023 at 2024-10-13 07:46
鍵コメさん、コメントをありがとうございます。

私はプレゼント魔ではありませんが、プレゼント魔の気持は分るように思います。
身近な人にちょっとしたことをしたいという気持がときどき起こりますので。

自分がひとに何かをしたときに、そのあとその自分やその何かを重視しないこと、
なかったことのようにすること、忘れてしまうことの大切さを思うことがあります。
道徳的な観点からではなく、生きやすさという観点からです。
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by chronoir2023 | 2024-10-12 21:39 | 読書 | Comments(2)

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