神の不在を惜しみつつ、他人事の話を楽しむ……。
2024年 04月 06日
一昨日、何年かぶりに夜の都心に出て、
会社員だったときの同期、元上司、隣の課の長と四人で飲み食いしました。
同期の男性とは一昨年、久し振りに会い、昨年も一度会う機会があったのですが、
他の二人に会うのは、四半世紀振りでした。
一昨年、同期の男性と会った際に、その二人の話になり、
私がいくらかは懐かしがって話したらしく、彼が気を回して、
多忙にも拘わらず、場を設定してくれたのです。
その二人に会いたかったかというと、実はそうでもないのです。
私は自分の勝手で会社を辞めた人間、端的に言えば、会社を捨てた人間ですから、
お世話になった人であればあるほど、顔を合わせにくい気持があります。
それに、その二人が私に会いたいという気持を特に持っているとは思えません。
でも、せっかくですから、出向きました。
会いたいかどうかということは別にして、
私はその同期の気持が嬉しかったのです。
交友範囲の狭い自分にそういう友人がいることが不思議に思え、
しみじみとした気持になりました。
本人に対して感謝の気持で一杯なのは言うまでもないのですが、
それだけでなく、もっと何かに感謝したくなります。
こういうときだけ、特定の宗教を信じている人が羨ましくなります。
神だとか仏だとかに感謝することができるでしょうから……。
しかし、私が宗教に走ることは今も昔もありません。
明日以降もないでしょう。
飲み会での話題は、会社の内部についてのあれこれが殆どで、
私が口を挟む余地はほとんどなく、同期と私の元上司のやりとりを聴いていました。
それで不思議と飽きませんでした。
四十歳で退職したあと、
もう四半世紀も細々とフリーランサーを続けている私にとって、
遠い遠い世界の出来事が次々に語られていくのですが、
昔いた会社ですから、話が全く見えないわけではありません。
会社員、それも、それなりの地位に上った人たちは大変だなぁと思いました。
そして、他人事ながら、あるいは、他人事だからこそ、
のぞき見的な面白さなきにしもあらず、でした。
まさに人生いろいろ、人もいろいろいろ。
他人の人生も自分のそれも、それぞれに面白いものだと
あらためて思いました。
by chronoir2023
| 2024-04-06 18:49
| 飲み会
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