ソメイヨシノと私
2024年 04月 01日
桜の季節になると、春の新学期を思い出します。
私は学校というところが好きでなかったので、
新学期が始まる前後はたいてい憂鬱でした。
それでもなお、四月に校庭に咲いていた桜を懐かしく思い出します。
実際にそうだったのかどうか怪しいのですが、
少しどんよりとした青空の下の満開の桜が目に浮かび、
なんだかぼーっとした気持になります。
三十代の頃、仕事でしばしば出張にいきました。
大阪、奈良、広島、長崎、沖縄、北海道……。
新幹線の中や、ホテルのベッドなどでウォークマンでよく聴いたのが、
小林秀雄の講演です。
当時のことですからカセットテープです。
今は、カセットテープを自分でMP3データに変えたものを
ときたま聴きます。
さんざん聴いて、もう聴くことはないだろうと思っても、
しばらくぶりに聴くと、やはり面白い。
そのくり返しです。
そのうちの一つである「文学の雑感」の中に桜の話が出てきます。
当時の私にとっては衝撃的な内容でした。
「文学の雑感」は、新潮文庫の『学生との対話』(2017年)に文章版が収められていますが、
それは、受講者による草稿に小林秀雄本人が加筆訂正を施したもので、
もともとの講演に比べると、整ってはいても、面白さでは劣ります。
たとえば、講演の最初に語られるタバコをやめた話は、
面白く且つ含蓄に富む話なのですが、
文字にして定着させるのにはそぐわないと判断されたのでしょう、
残念ながら、ばっさりカットされています。
桜の話の方は、随分と大人しい話になってしまっています。
講演の中の桜のくだりをここに文字化してみます。
諸君は本居さんなんかお読みにならないかも知れないが、
「敷島の大和心を人問はば朝日に匂ふ山桜花」っていう歌ぐらいご存じでしょう。
まあ有名だからね。
(中略)
「朝日に匂ふ山桜花」、山桜なんて諸君ご存じか? 知らないだろ。
山桜を知らないで「山桜花」って詠まれたって、分らないだろ。
歌の鑑賞ってものは、こういうもんですよ。
(中略)
山桜ってものは、必ず花と葉といっしょに出るんですよ。
諸君はみんなこの頃のはソメイヨシノって桜ばっかりしか見ていないから、
桜は花が先に咲いて、あとから葉っぱが出るなんて思っているだろ、
あんなのは一番低級な桜なんです。
日本の桜の80%はソメイヨシノなんです。
ところがこのソメイヨシノっていう種類は、明治にできた種類なんです。
昔はなかったんです。
なぜああいう種類が流行ったかっていうと、
あれが一番、その、植木屋が育てやすかったんです。
あれは、植木屋が発明したんです。
つまり、苗を作るのにね、他の桜の苗ってものは、なかなか揃わないんですよ。
ところが、ソメイヨシノって苗はね、すぐ揃うんです。
で、非常に栽培しやすいんです。
だもんで、植木屋がああいう新種を発明しましてね、それを売ったら、
みんなソメイヨシノになっちゃった。
それを後援したのが文部省です。
小学校の校庭にはみんな桜があるだろ、
あれみんな文部省とね、植木屋が結託してあれ植えたんだ。(受講者たち大笑い)
だからああいう俗悪なる花を咲かすでしょう。
それで、小学校の生徒はみんなあれが桜だとこう教えられてくるわけだ。
何だこの桜、葉っぱが出てるじゃないか、
うちの桜の方がきれいだと、こう言う。
そうじゃないんです。
だから今の生徒さんはみんなあれが日本の桜だと思ってるから、
宣長さんが「山桜花」って言ったって、分らないんです。
「朝日に匂ふ」って言うでしょ。
あんなソメイヨシノなんか匂いませんよ。
(後略)
現在はこのCD版が発売されています。
私はこれを耳にするまでは、桜=ソメイヨシノだと思っていました。
この講演を聴いてからは、多少気にかけるようになり、
花と葉が一緒に出ている桜を何度か目にしました。
ソメイヨシノとは別種の美しさです。
でも、私が生きてきた中での”桜”は、やはりソメイヨシノで、
何が懐かしいって、やはりそれが懐かしいのです。
植木屋と結託した文部省(現文部科学省)の思う壺にはまっているのは癪ですが、
既成事実となってしまったソメイヨシノと私の関係は、今さらどうしようもありません……。
ソメイヨシノ、あなただって、私にはちゃんと美しい、そして、懐かしい。
by chronoir2023
| 2024-04-01 20:23
| 花
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