愛聴盤、なぜか復活!
2023年 12月 16日
今日はちょっといいことがありました。
午前中に、厄介な仕事がやっと終わったのですが、
そのことではありません。
もちろん、それも「いいこと」ではあります。
でも、厄介な仕事は珍しくないし、
どんな厄介な仕事も、毎回いずれは終わるので、
嬉しくはありますが、
「いいこと」と取り立てて言うほどのことではありません。
ですから、それとは別のことです。
中学生の頃に好きだったレコードの一つに、
オイストラフとクレンペラー指揮フランス国立放送局管弦楽団による
ブラームスのバイオリン協奏曲のレコードがあります。
ちなみに、ジャケットの裏の左上に汚い字で「47・12・28」と書いてあります。
昭和47年(1972年)12月28日のことです。
当時は、父親の真似をして、レコードでも本でも何でも、
買った日を記入していました。
ずっと続けていたらよかったと最近になって思います。
さて、あるときこのレコードを聴いていたら、
第一楽章のあの陶酔的な第二主題が始まってすぐ、音がとぶのです。
しかも、立て続けに三回も。
もう提示部の第二主題はズタズタで、陶酔どころではありません。
傷がつくようなことをした記憶はなく、
音を止めてレコードを取り上げ、矯つ眇めつ見ても、
傷らしきものはないのです。
当時使っていた、ベルベットだかフェルトだかのクリーナーで拭いてかけ直すこと数度、
状況は一向に改善されません。
で、諦めました。
そこがそうだともうそのレコードは聴けません。
買ってから数か月しか経っていないのに……。
かといって、同じレコードをもう一枚買う気にはなれませんでした。
今なら買うでしょうが、少ない小遣いを同じものに二回使うなど、
当時の私には考えられないことでした。
それから何年か後の高校生の頃、
ミルシテインとヨッヒム指揮ウィーンフィルによるレコードが発売されました。
雑誌の月評の高評価を信じて、オイストラフ盤よりもよいことを期待して買いました。
ダメでした。
悪くはないのですが、オイストラフ盤に慣れた耳には、
物足りなく感じられました。
頑張って何度か聴いても、浸ることができませんでした。
失ったものが過剰に素晴らしく感じられるということがあったかもしれません。
いずれにしても、ミルシテイン盤はすぐに全く聴かなくなりました。
買ったレコードはどれも処分していないので、どちらもまだ手もとにあります。
数年前からレコードをまた聴くようになりました。
プレーヤーは捨てていなかったのでリビングに設置し、ときどき聴きます。
CDに比べて、音に芯があり、聴きごたえがあるように感じられます。
ところで、子どもの頃使っていたレコードクリーナーはよくなかった。
拭いて拭いてもほこりが残りました。
今使っているのは、これ。
見事にほこりがとれ、盤面に傷がつくこともありません。
今日、仕事が終わって、午後、
リビングでレコードでも聴くか、どれにしようかとあれこれ見ていたら、
不良品となったこのレコードに目が留まりました。
音とびを確かめた上で捨てるかという気になって引っぱり出し、
ターンテーブルにのせ、まずクイックルで念入りに掃除。
そして、針を落としました。
びっくりするほど鮮明な音がします。
クレンペラーが振るオーケストラの重厚な音。
やがて、バイオリン独奏が始まります。
オイストラフの巨匠なのに初々しささえ感じさせる美しい音。
クレンペラーもオイストラフも関係なし、
ただただ、ブラームスの音楽に浸ることができる。
ああ、やっぱりこれでないと。
でも、もうすぐあの忌々しい箇所……。
ところが、なんと、音がとばない。
プチッと雑音が何度か入るだけで、音がとびはしないのです。
昔は気になったレコードにつきものプチプチ音など、今の私は気になりません。
これなら十分に聴ける。
半世紀を経て、第二主題の陶酔が戻ってきました。
いったいどういうことなのだろう。
傷に加えて溝にほこりが溜まっていて、それが針をとばさせた、
ということでしょうか。
状況から考えると、それ以外には考えられません。
だとしたら、クイックルのおかげです。
捨てなくてよかった。クイックルがあってよかった。
長く生きていると、嫌なことも増えますが、いいことも増えますね。
by chronoir2023
| 2023-12-16 21:53
| クラシック音楽
|
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