BBCのエロイカ映画を観る


ちょっと前に、YouTubeで2003年のBBC制作のTV映画
「Beethoven's Eroica」(英語字幕付)を観ました。


それが面白かったせいで、このところエロイカへの多少の関心が蘇っていて、
長年ほとんど聴かなかったその曲のレコードやCDをときどき聴いています。

その映画、いかにもベートーベン(以下、B)が言いそうなこと
(Bが言ったこととして記録に残っていることを含む?)が
台詞になっていて、それだけでもかなり面白いのです。

ただし、ひとつだけ気になる場面がありました。

エロイカの初演のために、Bの後援者である貴族の館に入り、階段を上るBの耳に、
オーケストラが演奏している「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」の第三楽章が聞えてきます。
すると、Bは大声で笑ってみせるのです。馬鹿にしているように受け取れます。

Bはモーツァルトを尊敬していたのではなかったのでしょうか。

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「アイネ……」は単純で伝統的な手法の曲かもしれませんが、
美しい音楽、それも、モーツァルトならではの心にしみる音楽です。
しかも、この場面ではオーケストラが手遊びに演奏しているようなものですし、
Bだって激しい音楽ばかり書いていたわけではありません。
優雅で甘美な音楽も書いています。
ちょっと無理があるのでは。

さて、この映画は、ごく限られた人たちだけに向けた初演の様子全体を再現していて、
当然ながら、エロイカ全曲が演奏されます。

楽員に楽譜が渡されるのは演奏の直前です。
ぶっつけ本番でこんな演奏ができるはずはないと思うのですが、
それは気にしないお約束、ということで。

演奏や館内の各人の反応は、実際に観て聴いていただくほかないので、
ここでは、演奏以外で一番印象に残った場面を紹介します。

Bは、ある貴族の未亡人と恋仲になっています。
エロイカの初演を聴きに来ている数人の内の一人がその女性です。
4人の子持ちで、夫は7か月前に亡くなったばかり。

第二楽章のあと、休憩となり食事が振る舞われるのですが、
Bは二人きりになるため、未亡人を別室(あるいは廊下?)に連れ出します。
そこでBは女性に結婚を迫ります。女性は断る。
金ならあるし、自分はよい父親になるとBは言いますが、
女性は、お金の問題ではない、無理だと言います。
Bは訳が分からず、しばらく黙り込みます。
そして、こう尋ねます。

 You do like my music, don't you?

女性はそれに対して言います。

 It's so loud, so warlike.
 The transitions are so abrupt.
 It speaks to me ………… of turbulence.
 And I want peace. Desperately I want peace.
 I admire it. I'm devoted to it.
 But it frightens me, …… to be honest.

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transitionは転調のこと。
turbulenceは、乱流とか騒乱とか激しく動くものを表します。
女性が求めているのは平安。

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Bの音楽は、素晴らしいと思うけれども、
激しすぎて自分は退いてしまう。
女性はそんなようなことを言います。

Bは顔を硬直させ、そして、言います。

 It frightens you.

女性は、小さく頷きながらこう答えます。
 
 Passion can be a frightening thing.

間の悪いことに、そこに弟子のリースが、
第三楽章の準備ができたと言いに来ます。
Bは激怒し、今ご婦人と話しているのだ、邪魔をするな!!
と怒鳴り、自分なしで演奏を始めさせろと命じます。

リースがすごすごと去ると、
Bは会話を再開し、なおも結婚を迫ります。
「There is no life without you. You're my whole life」
とまで言いますが、
女性は承諾せず、結婚できない理由を明かします。

当時のオーストリアの法律では、貴族の未亡人が平民男性と結婚すると、
貴族の称号を失うだけでなく、子どもに対する親権も失うとのこと。
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貴族の称号がない男とは結婚できないということかとBがきくと、
相手はそうだと答えます。

Passionの人であるBも、さすがにこれには反論のしようがなく、
第三楽章の演奏がすでに始まっている部屋にすごすごと戻っていきます。
可愛そうな、B!
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さて、スコアを見ながらあらためてエロイカを聴くと、
スフォルツァンドの多さに驚きます。
例えば、第1楽章の第250小節から第275小節はスフォルツァンドの嵐です。
今見ても驚くのですから、当時の人はもう、びっくりでしょう。

よくも悪くも、「アイネ……」とは異次元の音楽です。
Bの音楽についての女性の発言は、さもありなんです。
夫を亡くした4人の子持ちの貴婦人が大好きになりそうな音楽ではありません。
女性は、エロイカの世界ではなく、「アイネ……」の世界の人でした。

女性は、あなたを愛しているが、結婚は無理だと言いました。
ならば、法による障害さえなければ、Bと結婚したのでしょうか。

結婚したとして、うまくいったでしょうか。
Bは4人の子のよい父親になりえたでしょうか。
私には、どちらも無理のように思われます。
私が女性の身内か友人だったら、別れるか、
恋人あらため友人程度でいることを勧めます。
あんなふうでも、女性には優しい?
想像できません。

Bは甥のカールを過干渉で苦しめるような人物、
第三者の前で弟子を理不尽に叱り飛ばす人物です。
個人的な関わりは持たない方がいい。
淑女危うきに近寄らず、です。

私はベートーベンの最後の3曲のピアノソナタ、
弦楽四重奏曲第10番、第16番が好きです。
他にも好きな曲があります。
交響曲も、今はあまり聴きませんが、
かつては、一部の例外を除いて、愛聴していました。
ですから、ベートーベンの音楽が好きとは言えます。

しかし、ベートーベンという人物に関するわずかな知識に基づいて言えば、
ベートーベンという男が好きではありません。
興味は大いに引かれますが、好きではありません。
曲を聴くときに、ベートーベン個人のことを考えることはまずありません。

それでも、この映画は面白く、すでに三回観ました。
クラシック音楽好きの方にはおすすめです。

なお、この映画、終り方もなかなか心憎いのです。
曲の終結部から終わった後にかけて、聴き手及びBの顔を次々に大写しにし、
静寂の中、Bが「Thank you」とだけ言って去ってく。
エンドロールにかわり、楽員が楽器とともに退出していく音声だけが聞える。
私は、ぐっときました。

英語字幕しか付いていませんが、
台詞の意味が多少分かれば、十分楽しめると思います。
最後の方でハイドンも登場し、これがまたなかなか面白い。

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分からないが気になる台詞は、動画を一時停止して、
翻訳ソフトかネット辞書で調べれば、何とかなると思います。
実は私もそれらをちょこちょこ利用しながら観ました。


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by chronoir2023 | 2023-11-23 19:24 | クラシック音楽 | Comments(0)

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