川原栄峰『哲学入門以前』


2018年刊行のヘーゲル関係の新書を読んでいて弁証法の話が出てきたのですが、
そのあまりに図式的で浅薄な書きぶりに呆れました。
私はそこに思考を見出すことができませんでした。

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ヘーゲルと言えば、昔々に岩波文庫の数冊を、部分的には衝撃と言いたくなるほど納得する箇所があり、
やはりヘーゲルというのは凄い人なんだと思いつつも、概ねよくわからないままに読んだだけですが、
その新書を読むと、ヘーゲルなり弁証法なりの何がそんなに凄いのか全くわからず、
一体これを読んでヘーゲルや弁証法に興味を持つ人がいるのだろうかと不思議に思われました。

結局、半分まで行かぬ前に投げ出してしまいました。
あ~、買って損した、途中まで読んで損した~。

ふと学生時代に読んだある本のことが思い出され、口直しをしようと見つけ出し、
シミだらけの天と小口に眉をひそめつつ、40数年ぶりにその中の「弁証法」の章を読み返してみました。

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(カバーはあまりに汚くなっていたので捨てました)


納得できる内容で、私の頭を刺激するその力は、その某新書のそれとは雲泥の差でした。

 弁証法というのは決して既成の図式でもなく、一つの思考方法でもなく、
 論法でもない。事柄そのものの中に含まれている否定的なものの威力に
 身をゆだねてそれに従って自ら動くことによって具体的現実的な真理を
 知るということ――このことなのである。(197~198頁)

 大切なことは、ヘーゲル以後の人々が多分に我田引水的に図式化したり、
 わかりやすくしたり、常識的にしてしまったりしたものを土台にして
 弁証法を理解しようなどという本末顚倒をやらないように気をつける
 ことである。(198頁)

 大体、〔「自己疎外」のような〕哲学用語が「流行」しだしたらそれは
 もうまちがっていると思っていい。(209頁)

ここには、少なくとも、思考があります。

やはり、本物は古くならない。
現在においても読む価値のある名著だと思います。
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実は著者の川原栄峰さんは、大学の教養課程で講義を聴いたことがあります。
ほとんど何も覚えていないのですが、この本を買ったのは、
教養課程の講義の中で川原先生の講義のみが聴くに値するものに
感じられたからだということは記憶しています。

さらに、当時この本を読んだ際、その発刊はずいぶん前だったのに、
講義の内容と重なっている部分がかなりあり、
十年一日の如く同じ講義を繰り返しているのかと
少々がっかりしたことも覚えています。

しかし、今読み返してみると、そんなことはどうでもいいのです。
物事には変わらない良さというものもあります。
良いものをわざわざ変える必要はないでしょう。
改善のつもりが改悪にしかならない例などいくらでもあるのですから。

Commented by saheizi-inokori at 2023-09-19 08:27
>事柄そのものの中に含まれている否定的なものの威力に
 身をゆだねてそれに従って自ら動くことによって具体的現実的な真理を
 知るということ

凄いなあ、こんなこと始めて聞きました。
Commented by chronoir2023 at 2023-09-19 10:11
saheizi-inokoriさん、コメントをありがとうございます。
確かに私としても「凄いなあ」と言うしかない感じです。
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by chronoir2023 | 2023-09-18 19:28 | 読書 | Comments(2)

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