してよい忖度とは:ジャニーズ問題


今日また一山越えて最寄り駅そばのスーパーに買い物に行ったのですが、
帰りに、同じビルの三階にある書店を久しぶりに覗いたら、
この本が積んであるのを見て、一瞬ぎょっとしました。

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ぎょっとした後、
「家康がどうするなんて言ってる場合じゃないよ、
どうするジャニーズ、どうする大河ドラマ、だよ!」と、
一緒にいた妻に思わず囁いてしまいました。

囁いた後で、ああ、本屋でこの本の表紙を目にして、
同じことを言ったり思ったりしている人が無数にいるだろうな、
陳腐なセリフを囁いてしまったな、と少し後悔しました。

昭和30年代生まれの男性である私にとって、
ジャニーズのタレントが興味の対象になったことはありません。
たまたま見たテレビ番組にそのうちの誰かが出ていたとしても、
その人がジャニーズか非ジャニーズかの区別がほとんどできませんし、
それ以前にそのような人たちが出てくるテレビ番組をほとんど見ません。
今やっているという大河ドラマ『家康どうする』も見たことがありません。

その上で、いろいろと考えることがあります。
この事態が、一人の日本人として、気にかかるからです。

自分が中高生だった頃に、そういうことをされたとしたらどうだったか。
服部さんの場合のように10歳未満で、しかも自宅でだったら、きっと何もできなかったでしょうが、
中高生で、自分が望んでジャニーズに来て、事件の場所が合宿所だったら、
告発はできないでしょうが、何か理由をつけてそこから逃げ出したと思います。
恐怖とショックで何の行動も起こせなくなった可能性もありますが、
今想像する限りは、そう思います。
実際にそのようにした人も一定数いたものと想像します。

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そして、恐怖とショックで何の行動も起こせなくなったのでなければ、
あるいは一時的にそうなったとしても結局、
逃げずに合宿所にい続けたということは、
それに耐えてもやり抜くという大望があったからでしょう。
先方は、その大望に乗じて非道の行為を続けたということだと想像します。

その想像が正しければ、
ジャニーズに残り、行為に耐え、やがて表舞台に出、
スターやそれに近い地位に就けた人は、
耐えてやり抜き、大望を果たした人ということになります。
ある意味では、勇者です。

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私の知る限り、当人であれ、当人以外の人であれ、
その類いのことに正面から言及する人がいません。
当人が言及しないのは当然としても、
当人以外が誰も言及しないのは、彼らも被害者だから、言及してはならず、
言及しないその忖度は、してよい忖度、すべき忖度と見なされているから、
であろうと推測します。

私がこんなことを言えるのは、部外者であり、
ジャニーズの誰のファンでも身内でも利害関係者でもなく、
しかも匿名だからでしょうか。

実に厄介な、多くの人をひどく当惑させる事態ではありますが、
耐え続けることで大望を実現した人の事情を曖昧にしたままで、
この問題は片付くのでしょうか。
その人たちはプレデターと称された男性とは異なり、
犯罪とみなされることをしたわけではありません。
プライバシーが守られることも大事だとは思います。
しかし……。

とても難しい問題です。

「被害者」についてこんなことを言うのは残酷すぎるだろうかとは思いつつ、
考えたことを書きました。


Commented by tanatali3 at 2023-09-16 07:41
この件に関して、拙ブログにコメントを書き込みました。
Commented by chronoir2023 at 2023-09-16 09:13
tanatali3さん、コメントをありがとうございます。
「国民性と宗教」、難しい問題だと思います。
この先時間が経つうちに、ジャニーズ問題はどうなっていくのか、そして自分の考えは変わるの変わらないのか、それを眺めていきたいと思っています。
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by chronoir2023 | 2023-09-13 18:19 | メディア | Comments(2)

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