新しい戦前、永遠の戦前
2023年 09月 07日
タモリが言ったという「新しい戦前」。
結構いろいろなところで引用され、使われているようですが、
概ね、戦争が起こることを前提とした新たな戦前、
あるいは、新たな戦争に向かう状態、
といった意味に受け取られているようです。
「来年はどんな年になりますかね」という問いに対して
「新しい戦前になるんじゃないですかね」と答えただけで、
どういう意味でそれを言ったのか本人に確認した人はいませんし、
本人が自ら説明するということも行われていません。
私自身も、その言葉をまた聞きした際、
上記に近い印象で受け取りました。
国民に対する統制がきつくなり、戦争も辞さない、暗い時代になっていく、
というような。
驚いたのは、妻の受け取り方です。
先日、妻が突然、ほんとに新しい戦前になってほしい、と言うのです。
ええーっ、どういうこと? と尋ねにくいほど、当たり前のように言うのです。
何かで「新しい戦前」という発言のことを耳にし
自分なりの受け取り方をしたがゆえの呟きなのです。
妻にしてみれば、戦前の日本は、
宗主国の下僕に成り下がっている現在の日本よりましだった、
それについては、戦前の方がよかった、という思い、
あるいは思い込みがあるようなのです。
さらに、妻は、現代日本のもの作りにおける儲け主義、
作る側のご都合主義、製品の劣化等に腹を立てていますので、
戦前は、その面において、今よりよかったはずだという思い、
あるいは思い込みもまたあるようなのです。
その後戦争になるということは考えの外なのです。
その時代の、自分がよいと思う面にのみ目を向けて、
現代日本に対する不満からそう言っているのです。
戦前が現在に比べてよい時代だったかは甚だ疑問です。
その時代を経験していませんので、確信はありませんが、
自分にとってどちらが生きやすいかを想像すれば、それは現在の方です。
妻同様に、現在の日本の状態に対して私も不満は大きく、
絶望的な気分になってしまうことがあるので、
妻がそのように言ってみたくなる気持も分からなくはないのです。
でも、太平洋戦争前の日本に新たになってほしいとは思いません。
思うに、「戦後」は、戦争が起こったからこその「戦後」です。
そして、その後は戦争が起こっていないから「戦後」のままです。
一方、「新しい戦前」の「戦前」は、戦争が起こることを前提にするからこその「戦前」なのでしょうか?
「戦後」同様、ただたんに戦争が起こっていない状態を「戦前」とも呼びうるのではないでしょうか、
むしろ、戦争回避の大事さを忘れないために、
あえてそう呼ぶということも考えられるのではないでしょうか。
ならば、「新しい戦前」ではなく「永遠の戦前」なおかつ「永遠の戦後」になってほしい。
言葉としてちょっと無理があるかとは自覚しつつ
そんなことを思いました。
それにしても、タモリは凄いな、と思います。
寸鉄の一言で人びとに戦争の怖さ、戦争に向かう怖さについて考えさせてしまうのですから。
by chronoir2023
| 2023-09-07 17:53
| 政治
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