新しい戦前、永遠の戦前

タモリが言ったという「新しい戦前」。
結構いろいろなところで引用され、使われているようですが、
概ね、戦争が起こることを前提とした新たな戦前、
あるいは、新たな戦争に向かう状態、
といった意味に受け取られているようです。
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「来年はどんな年になりますかね」という問いに対して
「新しい戦前になるんじゃないですかね」と答えただけで、
どういう意味でそれを言ったのか本人に確認した人はいませんし、
本人が自ら説明するということも行われていません。
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私自身も、その言葉をまた聞きした際、
上記に近い印象で受け取りました。
国民に対する統制がきつくなり、戦争も辞さない、暗い時代になっていく、
というような。

驚いたのは、妻の受け取り方です。
先日、妻が突然、ほんとに新しい戦前になってほしい、と言うのです。
ええーっ、どういうこと? と尋ねにくいほど、当たり前のように言うのです。

何かで「新しい戦前」という発言のことを耳にし
自分なりの受け取り方をしたがゆえの呟きなのです。

妻にしてみれば、戦前の日本は、
宗主国の下僕に成り下がっている現在の日本よりましだった、
それについては、戦前の方がよかった、という思い、
あるいは思い込みがあるようなのです。

さらに、妻は、現代日本のもの作りにおける儲け主義、
作る側のご都合主義、製品の劣化等に腹を立てていますので、
戦前は、その面において、今よりよかったはずだという思い、
あるいは思い込みもまたあるようなのです。

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その後戦争になるということは考えの外なのです。
その時代の、自分がよいと思う面にのみ目を向けて、
現代日本に対する不満からそう言っているのです。

戦前が現在に比べてよい時代だったかは甚だ疑問です。
その時代を経験していませんので、確信はありませんが、
自分にとってどちらが生きやすいかを想像すれば、それは現在の方です。
妻同様に、現在の日本の状態に対して私も不満は大きく、
絶望的な気分になってしまうことがあるので、
妻がそのように言ってみたくなる気持も分からなくはないのです。
でも、太平洋戦争前の日本に新たになってほしいとは思いません。

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思うに、「戦後」は、戦争が起こったからこその「戦後」です。
そして、その後は戦争が起こっていないから「戦後」のままです。

一方、「新しい戦前」の「戦前」は、戦争が起こることを前提にするからこその「戦前」なのでしょうか?
「戦後」同様、ただたんに戦争が起こっていない状態を「戦前」とも呼びうるのではないでしょうか、
むしろ、戦争回避の大事さを忘れないために、
あえてそう呼ぶということも考えられるのではないでしょうか。
ならば、「新しい戦前」ではなく「永遠の戦前」なおかつ「永遠の戦後」になってほしい。
言葉としてちょっと無理があるかとは自覚しつつ
そんなことを思いました。

それにしても、タモリは凄いな、と思います。
寸鉄の一言で人びとに戦争の怖さ、戦争に向かう怖さについて考えさせてしまうのですから。


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by chronoir2023 | 2023-09-07 17:53 | 政治 | Comments(0)

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