ただただ残酷というわけではなかった斬首
2023年 09月 03日
西尾幹二による「解説」について書きました。
今日は、この小説に関連したことを、もう少し書いてみます。


この小説を読んでいて、今まで自分は、
碌に考えることもなく、ギロチンとか斬首による処刑は、
ただただ残酷な処刑法と思い込んでいたことに気づきました。
どんなやり方であれ、命を奪うのですから、
その意味では残酷です。
大量に出血するのですから、残酷です。
体を分断するのですから、残酷です。
何よりも、自分が被刑者としてその場におかれ、
刃が自分の首に落ちて来ることを想像すれば、
これはもうどうしたって、残酷と思わないではいられません。
しかし、あらためて考えてみれば、
ギロチンも日本刀による斬首も、
死に至る過程を最短にし、被刑者の苦痛を最小限にする
という意図があったのでした。
切腹における介錯も、そのためのものでした。
ギロチンについては、効率ということしか私の頭にはなく、
効率よく処刑するためだけの残虐な道具だと思い込んでいました。
しかし、著者によれば、それはそもそもは、「人道的」観点から採用されたものでした。
1789年12月1日、フランス国民会議で、医師でもあるギヨタン議員が、次のように言って、
ギロチン(仏語ではギヨティーヌguillotine)の採用を提議したとのこと。
みなさん、この機械によって、わたくしはみなさんの首を
一瞬のあいだに飛ばすことができるのです。しかもその
とき、みなさんは<痛い>とも<痒い>とも感じるひま
はないのであります。(14頁)
一方、ジャパンナレッジの<日本大百科全書>の「ギロチン」にはこうあります。
苦痛が軽いことに加えて、処刑に要する時間も短く、
この後者の理由が、 恐怖政治の激化とともにその
「能率性」を買われて、人数をこなすのに活用されて
恐れられ、恐怖政治のシンボルとなった。
(樋口謹一)
さらに、同じく<ランダムハウス英和大辞典>の「Reign of Terror」にはこうあります。
フランス革命中,ジャコバン党(Jacobins)の独裁
政治が狂暴を極めた1793年9月ごろから1794年7月
テルミドールのクーデターまでの時期;この間に公式
記録によれば1万7000人がギロチンで処刑された。
「苦痛が軽い」「<痛い>とも<痒い>とも感じるひまはない」という
「人道的」理由で採用されたギロチンが、恐怖政治によって大量の人を
処刑する効率的な道具になってしまったということになります。
著者は、歴史の皮肉についても言及しています。
ギロチン採用が決まった後、機械いじりが好きだった時の国王ルイ16世は、
刃をどんな形にしたら効果的かを考え、改良命令を出しました。
そしてなんと、その命令がルイ王が発する最後の命令となっただけでなく、
1793年1月21日、彼自身が改良されたそれで処刑されてしまうのです。
ルイ16世の処刑
https://ja.wikipedia.org/wiki/ギロチン
ルイ16世がギロチンで処刑されたことは知っていました。
しかし、王自ら改良に取り組み、改良を実現させたことは知りませんでした。
9か月後には、王妃マリー・アントワネットが同じ機械で処刑されることになります。
一七九三年以後の恐怖政治によって、ギロチンは飽く
ことを知らずに、人道的に人間の血を吸いつづけた。
マリー・アントワネットをはじめ、ジロンド派の人たち
から、ダントン、エベール、ついにはサン=ジュスト、
ロベスピエールまでが、ルイ十六世が身を以て自分の
アイディアの卓抜さを証明した機械の犠牲になった。
(14頁、下線部は原文では下線ではなく傍点付きです)
私あるいは私たちは、こういうことを知ることで
ギロチンの怖さ、残虐さをますます印象づけられることになります。
しかし、ギロチンによる処刑が、
人の手で行う斧や剣によるそれに比べて、失敗の確率が低い上に、
短い時間で命を絶つことができるというのは事実でしょう。
その意味で「人道的」ということになります。
百科事典の類によれば、フランスでは、死刑が廃止される1981年まで、
ギロチンが使われたとのこと。
そんなに最近まで現役だったということは、
「人道的」とみなされたがゆえのことでしょう。
それとも、効率的の方がメインだったのでしょうか……。
山田浅右衛門は、日頃の鍛錬によって、
事実上、ギロチンに劣らぬほどの確実性と速さを目指したのだと言えます。
徳川刑事図譜「斬罪仕置の図」=明治大学博物館所蔵=
https://www.jiji.com/jc/d4?p=edt907-keijizufu044&d=d4_soc
著者はこう書いています。
浅右衛門のばあい、 最も人道的な斬首の方法とは 〔中略〕 被刑者に
なんらの苦痛をもあたえず、一瞬のうちに正確にその首を打ち落とす
ことである。被刑者の苦痛を最小限にとどめるためにギロチンが採用
されたように、浅右衛門に要求されることは自分が精密な機械になる
ことであった。(14-15頁)
人間が単なる機械によって斬首されることは、 おそらく当時の武士の
美学として絶対に許容できないところであったはずだ。したがって自分
が無限に機械に接近しつつも決して機械とはなりおおせないところに、
浅右衛門のプライドと救いがあったであろう。
(15頁)
明治になり、斬首は「酷ナルモノ」ということで、
他の手段にかえる方向に徐々に向かっていきます。
そして、明治十年代半ば、刑としての斬首は終りを迎えます。
斬首は、一瞬にして死なせるための手段でした。
わかっていたようで、わかっていなかったことが、
この小説を読んでわかりました。
『斬』には、他にも興味深いことがいくつも書かれています。
近いうちにさらにもう少し書きたいと思います、
by chronoir2023
| 2023-09-03 17:43
| 読書
|
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