輪廻からの脱出が不死になるとはどういうこと?

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今日は仏教の話です。
一週間程前の続きのようなもので、今回は「不死」についてです。

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前回も言及した『ブッダたちの仏教』ですが、
初期経典についての記述の中にこんな箇所があり、
数十年前に抱いた疑問が蘇りました。

 聖者の境地である預流果や不還果(『サムユッタ・
 ニカーヤ』四七-二九、五五-八)を体得し、また
 不死を悟り、解脱や涅槃に至るという、出家者と変 
 わらない在家者がいる(『アングッタラ・ニカーヤ』
 六-一一九、一二〇)ことも説かれている。 (86頁)

その疑問とは、「不死」でです。
大学生の頃、『ゴータマ・ブッダー釈尊の生涯ー』(中村元、春秋社、1969年)を読んだのですが、
梵天勧請のくだり、教えを説こうと決心する場面で、ブッダは梵天に向かってこう言います。

 耳ある者どもに甘露(不死)の門は開かれた。
 〔おのが〕信仰を捨てよ。
 梵天よ。人々を害するであろうかと思って、
 わたくしは微妙な巧みな法を人々には説かなかったのだ。

私の理解では、ブッダの悟りは、
輪廻転生からの離脱を、あるいは、少なくともそれも、意味しているはずでした。
ところが、「不死」が出てきます。

さらに、『尼僧の告白 テーリーガーター』(中村元訳、岩波文庫、1982年)を
見ますと、こうありました。

 149 実にわたしは、大いなる仙人のことばを聞いて、
   真実に通達し、まさにその場で、汚れの無い真理の
   教え、不死の境地を体得しました。(36頁)

 222 わたしは、八つの実践法よりなる尊い道、不死に
   至る道を実修しました。わたしは、安らぎを現にさ
   とって、真理の鏡を見ました。(50頁)

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「不死」って一体何?
「不死の門」「不死を境地を体得する」「不死に至る道を実修」って何?
悟りを開くこと、ブッダの得た真理に達することは、
不死に至ること、死ななくなることを意味するの?
輪廻から脱することは死ななくなることなの?

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当時そんな疑問を抱いたのですが、
いつの間にかすっかり忘れていました。

せっかく思い出したので、この機会にあらためて調べてみるかと、
まずは、上記の『ブッダたちの仏教』からの引用中にある
『アングッタラ・ニカーヤ』を見てみることにしました。

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『アングッタラ・ニカーヤ』とは、
初期仏典(=原始仏典)中の『増支部経典』のこと。
常用している市立図書館にはありませんでしたが、
県立図書館にはありました。
下記の「119」は、『アングッタラ……』六-一一九にあたります。

119 〔中略〕いいかね、比丘たちよ。これら六つのもの
    ごとをそなえたタプッサ家主は如来を固く信じて、
    不死甘露を見る者であり、不死甘露を作証して行
    動するのだよ。
(『増支部経典 第五巻』中村元監修、春秋社、2022年、226頁)

なお、「タプッサ家主」は在家の信徒の一人の名前です。
また、「これら六つのものごと」とは、
同じ「119」内の文章によると、以下の六つです。

・仏に対する絶対の浄信
・法に対する絶対の浄信
・僧に対する絶対の浄信
・聖なる戒
・聖なる智
・聖なる解脱

「不死甘露」「不死甘露を見る」「不死甘露を作証する」?
これは一体何?
あらためて見直してみると、上記の『ゴータマ・ブッダ』からの引用文中にも
「甘露(不死)」とあったのでした。
「不死」ばかりに目が行って、「甘露」は気にしていませんでした。
なんと迂闊な。

それで、ネットであれこれ見てみました。
まず、ある論文にこうありました。

 ウパニシャッドの「この世界から天界へ」というのは、仏教の
 「此岸から彼岸へ」であり、「欲望の享受」は「煩悩の断滅」に、
 「不死」は「悟りの世界」に対応する。仏教の「悟りの世界」は
 涅槃であり,それがしばしば不死(amrta 甘露)と訳されるの
 は周知の事実である。これは勿論ブラーフマニズムからの借用
 である。
 (渡辺章唐「プラジュニャー(prajfia)再考-ウパニシャッドから仏教へ-」
 『東洋学論叢』49(21) 、1996年3月)
  http://id.nii.ac.jp/1060/0000316

なお、「ブラーフマニズム」とはバラモン教のことです。

次に、デジタル大辞泉の「甘露」の項を見ると、二番目の語意としてこうあります。

 《梵 amrtaの訳。不死・天酒の意》天上の神々の飲む、
  忉利天(とうりてん)にある甘い霊液。不死を得るという。
  転じて、 仏の教え、仏の悟りにたとえる。

「不死」と「甘露」と「仏の教え、仏の悟り」の関係がちゃんと書いてありました。

さらに、ネットで一部が読めた『世界の神話』 (沖田 瑞穂、岩波ジュニア新書、2019年)によると、
バラモン教の神話では、神々は、悪魔の一族アスラから「不死の飲料アムリタ」を盗んで
飲むことで不死になったということになっている、とのこと。
https://www.iwanami.co.jp/moreinfo/tachiyomi/5009020.pdf(9~10頁)
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(表紙の絵、何だかちょっと怖いような……)


最後にダメ押しで、学生時代に、仏教学専攻でもないのに、
勢いで買ってしまった梵語辞典(A practical Sanskrit dictionary,
A.A.Macdonell,Oxford University Press, 1954)で、
漢訳語「甘露」のもとの語「amrita」、続いて「mrita」の項を見てみました。
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「mrita」は死を意味し、その頭に「a」がつくことで、
「mrita」の否定になり、「不死」の意になるというわけです。
宝の持ち腐れだった本が、役に立ちました!

これらを見ることで、やっと霧が晴れてきました。
次のようなことであろうと、推測します。

・「アムリタ」は、バラモン教においては不死、
 あるいは、それを飲むと不死になれる飲み物を意味した。
・バラモン教においては、不死は素晴らしいことだった。
・不死は素晴らしいことだったので、
 不死を意味する「アムリタ」は、
 この上なく素晴らしいことやものをも
 意味するようになった。
・仏教にも「アムリタ」という語がとり入れられ
 この上なく素晴らしいことやもの、
 つまりは、「仏の教え、仏の悟り」を意味する語として使われた
・漢訳仏教において、「アムリタ」はもとの意を引き継いで
 「不死」と訳されることがあるが、その「不死」が意味するのは、
 <死なないこと>ではなく、「甘露」のごとく、
 この上なく素晴らしい<仏の教え、仏の悟り>のことである。

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専門家から見れば、不正確だろうとは思われますし、
たぶんさまざまな考え、さまざまな説があるのだろうと推測されますが、
一介のド素人の私としては、こう考えることで、納得しました。
実のところ、新たな疑問がいろいろとわいてきてはいますが、
それはそれとして、とりあえず納得することにしました。

それにしても、
<仏教の「悟りの世界」がしばしば不死(amrta 甘露)と訳されるのは周知の事実>
と言われてもなぁ。
私は知らないし、私の周りの誰も知らないと思います。
決して「周知の事実」ではないと断言できます。

確かに、「周知」ならば、「甘露(不死)」「不死甘露」などと書けば十分でしょうが、
私は首をひねるだけでした。

かなりマイナーな話題かとは思いますが、
同じような疑問を抱かれた方がいないとも限らないと思い、
自分のささやかな「納得」(の経緯)を書きました。


Commented by mitch_hagane at 2023-08-26 11:11
はじめまして、みっちと申します。
拙ブログにお立ち寄りいただいたようで、まことにありがとうございます。
過去に書いた記事に反応があるのは、嬉しいものです。

ブッダの「不死」に関する記事、面白く読ませていただきました。見事な考察だと思います。そう、ブッダが「不死」なんて言葉を、文字どおりの意味で使うわけないですものね。これは「誤訳」に等しいと思います。「甘露」と訳すなら、これは納得が行きます。精選版日本国語大辞典では、甘露を梵語「amṛta」の訳とし、「インドで天の神々が不死を得るための飲料をいう。…転じて、仏の教え、仏の悟りなどにたとえる。」とあります。
Commented by chronoir2023 at 2023-08-26 12:34
みっちさん、コメントをいただきありがとうございます。
今年の五月に、大した準備も見込みもなくブログを始めたのですが、予想外によかったことは、エキサイトブログ内の面白いブログにいくつも出会えたことです。
野鳥を見るのと料理が好きなので、それらに関連するブログを訪問するのを楽しんできましたが、数日前から、それ以外のブログにも手を広げ始めました。
ミッチさんのブログを訪問したのは今日が初めてです。
私は、オペラはモーツァルトのそれを除いて苦手なものの、クラシック音楽が好きなもので、みっちさんのブログのタグを拝見して、興味をひかれた回を拝読しました。
大変面白く読みました。また拝読させてください。
よろしくお願いいたします。
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by chronoir2023 | 2023-08-14 20:13 | 読書 | Comments(2)

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