神の不在

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例えば、図らずも、路傍の可憐な花や清々しい青空を目にしたとき、

困っている私を通りがかりの人が助けてくれたとき、

素晴らしい音楽を素晴らしい演奏できくことができたとき、

この世に生まれ、こうして生きていることが奇跡のように思われ、

感謝の念がわいてきます。


そういう時、そういう時だけ、

自分には信じる神がいないこと、

そのことが残念に感じられてきます。

なぜなら、私にはこの幸運を感謝する対象がないからです。


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例えば音楽ならば、その曲を作った人、それを演奏している人、

あるいは、それがCDなら、そのCDを制作した人たちに

心の中で感謝すればいいという考えもあるでしょう。

また、人の営為によるものでない事象については、

お前を生んでくれた親に感謝すればいいではないか、

と言う人がいるかも知れません。


確かに一理あります。

人にも親にも感謝はします。

ときには先祖にも感謝します。

でも、それとは違うのです。


私が感謝したいのは、

この世界、このくそ忌々しい世界に、

そういう素晴らしいものやことがあり、

それらに自分が出会ったこと、

その全て、それをひとまとめにして、ある一つの何かに感謝したいのです。


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救ってくれる神ではなく、

感謝の対象となる神がほしいのです。


でも、感謝したいときだけ存在する神、

そんな都合のいい神はいないでしょう。


そんなことを考えているうちに、

感謝の念も、痛切に感じられた神の不在も、

私の頭の中から消えてしまいます。

また、いつかそういう機会が訪れるまで。


ますます、そんな都合のいい神はいないでしょう。



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by chronoir2023 | 2023-08-10 19:05 | 空想 | Comments(0)

日々の暮らしの中で感じたことや考えたことを書きます。


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