この世に神様がいるなら


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40年以上前、新卒で教育関係の出版社に就職しました。

そして、その年の秋、研修期間が終わり、営業部に正式に配属されました。

担当は北関東の某県です。


月曜日は社内で事務処理、火曜日の朝に現地に入り、

週末の夜に会社に営業車を置いて自宅に帰る。

そのパターンを繰り返す生活が始まりました。


社命により運転免許を取得したばかりで、

しかも実技試験合格にかなり苦労したほどの劣等生だったので、

最初の一,二ヶ月は怖々運転していました。


まだそんな段階だったある週末の夕方近くのことです。

帰社すべく最寄りの高速入口に向けて車を走らせていると、

「おいっ、パンクしてるぞ!」と叫ぶ男性の声が聞えました。


人通りはなく、声の主の姿は見つけられません。

走っている車が付近に見当たらないので、

どう考えても、私に向けられた言葉です。


えっ、パンク? 

走っていて何の違和感も感じていませんでした。

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そもそも、パンク未経験者ですから、

パンクしたらどんな感じになるのか知らないのです。

それでも、パンクした車で高速を走るのは危険だということは

想像できました。


とりあえず高速にのるのはやめ、そのまましばらく車を走らせて、

脇道に入って人や車の邪魔にならなそうな場所を見つけて停めました。

住宅地内の車道の脇です。車はあまり来なそうです。


車の後部のトランクを開けますが、荷物で一杯。

それを歩道に積み上げ、スペアタイヤを何とか取り出しましたが、

ジャッキらしきものが見当たりません。

もうすぐ暗くなり始める頃。気は焦るし、不安が募ります。


今考えてみれば、ガソリンスタンドを見つけて相談すればよかったのでしょうが、

その時はそんな考えは浮かびませんでした。


周囲を見渡すと、四、五軒先の住宅の敷地内に作業着姿の男性がいます。

駐車スペースに軽トラックがあり、男性は塀か何かの修理をしているようでした。


「すみません、ジャッキを貸していただけませんか?」

躊躇するだけの気持の余裕もなく、急ぎ足で近くに行って、そう尋ねると

「どうしました?」

と言うので、

「パンクしているようなんですが、自分のが見つからなくて……」

と返すと、何も言わず、自分の車からジャッキと工具箱を出してきて、

私の車の方に向うのです。


私はその後をついていきます。


男性は無表情・無言のまま、

手際よくジャッキを使ってパンクしたタイヤを外し、

出してあったスペアタイヤを取り付け、

それがすむと、やはり無表情・無言のまま、自分の持ち場に帰っていきました。


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その間、私は呆然とそれを眺めていました。


我に返って、男性のところに走ると、

男性は何事もなかったように自分の仕事を再開しています。

「ありがとうございました。本当に本当に助かりました」

作業料をという話をするのも失礼に思われ、そう言って反応を待つと、

「いや、どうも」

程度の言葉が返ってきただけでした。


急いで自分の車のところに戻り、

外に出していた荷物の中から顧客への贈答用の品を一つ取り出し、

男性のところに持っていって

「すみません、こんなお礼しかできませんが、よかったら」

といって差し出すと、

男性は

「これは、どうも、なんだかかえって……」


「本当にありがとうございました」

私はただただ恐縮して、深く頭を下げました。


ジャッキを貸してくれたところで、私にどの程度処理できたか甚だ怪しいのです。

男性は、そのことが分かったのでしょうか。

こちらは、スーツを(たぶんきちんと)着ているとはいえ、

大学を出たばかりの若造です。地元民でもありません。

男性に仕事を頼むことがあるかも知れない一人前の男ではないのです。

なぜあんなに親切にしてくれたのか。不思議です。

とんでもなく頼りなく見えて、ほっておけなかったのでしょうか。


その時もそうでしたが、今思い返しても、

その男性は神様のように思えます。


パンクを正しく修理してくれた男性、

パンクしていることを教えてくれた、声だけの男性、

その二人がいなかったら、

私は、五体満足で今ここにこうしていることができたかどうか……。


この世に神様がいるなら、あの日出会った二人は、その内の二人だったのかも知れません。



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by chronoir2023 | 2023-07-28 17:14 | 不思議な出来事 | Comments(0)

日々の暮らしの中で感じたことや考えたことを書きます。


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