見られる自分と見る自分
2023年 07月 02日

30年も前の30歳代半ばだったころの話ですが、
飲み会の後に、職場の後輩の女性社員から電話がかかってきたことがあります。
親しい付き合いはしていなかったのですが、
ほかに話を聴いてもらう相手がいなくて、
当たり障りが一番なさそうないわゆる安全牌風の私を選んだのでしょう。
話の内容は何かというと、
昨日の自分は普通ではなかった、話しすぎた、
というようなことでした。
十数人の参加者で自ずと島が三つぐらいでき、
私はその人とは別の島だったので、
直接話をしたり聴いたりはしていませんが、
何となく様子は見えました。
特に饒舌には見えなかったし、気になることはありませんでした。
たぶん、本人が思っているほどのことはないのです。
日頃のストレスが溜まっているところに酒が入って、
珍しくちょっとハイになってしまった、
後になって思い返すと、いたたまれない、というようなことだろうと推測されました。
私自身、その人ほどではありませんが、
職場に親しい友人がおらず、どちらかといえば孤独でした。
そういう人間にはありがちなことです。
安全牌風というだけでなく、自分と共通するそういうものを感じて
私に電話してきたのかもしれません。
何を言ったか覚えていなのですが、
酒の席の話なんてお互い様だよ、
人の悪口を言いまくったわけではないでしょ、
お互いさまのことなのだから、気にすることはないよ、
飲み会の後、自分もそういう気持になることがあるけど、
数日で忘れてしまうよ、
というようなことを言ったものと思われます。
その後、特に付き合いがないまま、
数年後にその人は自殺してしまいました。
亡くなったことを知ったとき、目の前が真っ白になる思いでした。
自分に何ができたとも思いません。
自分の部下ではないし、異性としての関心があったわけでもないので、
こちらから積極的に立ち入ることはしませんでしたし、
うまい形でその人を支えるというようなことを工夫する力量もありませんでした。
後で聞いたところによると精神科に通っていたらいしいので、
精神薬を常用すれば、もうどうなっても不思議はありません。
実際のところ、素人が下手に関与しようのない状況だった可能性があります。
とはいえ、ふと思い出して、飲み会の後の電話の際、
今ならもっと何か言えたかもしれないと、考えることがあります。
言うまでもなく、今できることは何もないし、
当時何もできなかったのですから、永遠に何もできないはしないのです。
また、今なら言えることをその時言ったとしても、
十中八九役に立ちはしなかったでしょう。
でも、今ならこう言うだろうと、やはり思ってしまうのです。
自分についてあれこれ気に病む時、
他者から見た自分にばかり気がいき、
他者を見る自分の方は忘れてしまっているものだ。
そして、双方を両立させられれば、
あるいは、それは至難なので、
少なくとも、その両立の大事さを意識できれば、
実のない気病みに泥まなくてすむ。
実のない気病みの実のなさを実感すれば、
他のこと、あるいは、気病みのもとの除去あるいは軽減に労力が使える。
それができなくても、労力の浪費を減らすことぐらいはできる。
因みに、世間には、他者から見た自分には気がいかず、
他者を見る自分ばかりでできあがっているような人もいて、
こちらにしてみれば、実に手前勝手で迷惑でお気楽な人に見えるが、
当人にしてみれば、他者への不満で一杯で、
楽というわけでもないのかもしれない。
人みな、それぞれ。
いずれいせよ、少しずつ強くなる以外に方法はない。
あるときから、自分自身に言い聞かせるようになったことです。
そう言い聞かせることが、精神の安定の維持に役立ちました。
当時はこういうことさえ分からなかったのです。
ですから、当時こういうことを言えたらと、
幾重にも詮無きこととは承知しつつ、
ついつい考えてしまうのです。
