『罪と罰』相反する不満
2023年 06月 30日

もう半世紀も昔の10代の頃、ドストエフスキーの小説にはまりました。
『白痴』の最後の方はもうやめられなくなり、徹夜して最後まで読み、
中学校をずる休みしたことがありました。
成人してからも、ときたま読み直しますが、
『罪と罰』について最初に読んだときから不満に思っていることがあります。
それは、ドストエフスキーがラスコーリニコフにリザヴェータまで殺させたことです。
金貸しの婆さんとは異なり、リザヴェータは善良な人物です。
その人まで殺してしまうことで、
ラスコーリニコフの殺人の意味合いが変わってしまったと思うのです。
もともとのターゲットであった金貸し婆さん一人を殺しただけだったら、
どうだったのでしょうか。
ドストエフスキーは問題をぼやかしてしまったと思います。
残念、と言いたくなります。
ところで、つい最近、福田恆存の本を読んでいたら、こうありました。
〔前略〕ラスコリニコフはなぜ人を殺してはいけないのか
という問題にぶつかるわけです。ただラスコリニコフがそ
のときひとつ弱かったのは、金貸しの老婆を殺してしまっ
たことです。つまり、彼はせっかく自分につきつけた疑問
を、世の中のために何の役にも立っていない、それどころ
かむしろ害をなしているような人間をなぜ殺してはいけな
いかという問題にすりかえてしまったのです。〔中略〕俺
はナポレオンなのか蚤なのかという実験を自分に課したわ
けです。そして実験の材料として金貸しの老婆をえらんだ。
本当ならばラスコリニコフとしては、金貸しの老婆でなく
て、もっと善良な人を探して来なくてはいけなかったわけ
です。
(『人間の生き方、ものの考え方』福田恆存、文春学藝ライブラリ、2019年、
p.127~129)
前述のように、ラスコーリニコフは、意図に反して、
明らかに「もっと善良な人」であるリザヴェータも殺してしまいます。
そのことが無視されていることに疑問を感じはするのですが、
それはさておき、前述の私の不満とは真逆ともいえる不満が示されていて、
そういう見方もあるのかと、驚かされました。
それにしても、なかなかこういうこと、こういう酷薄なことは考えないし、
考えても言いません。
怖いものなしの人、福田恆存の面目躍如です。
by chronoir2023
| 2023-06-30 21:00
| 読書
|
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