TVドラマが「おれ」を多用するのはなぜ?
2023年 06月 26日

あまりテレビドラマを見ないのですが、
たまたま見て気に入ったドラマは録画するか、
録画できなかった場合は映像ソフトを買って、
くり返し見ています。
見ていて気になるのは、「おれ」の多用です。
私も「おれ」は使います。
親しい友人や妻とのやりとりには、普通は「ぼく」ですが、
話が盛り上がっているときや、酔いが回ったときなどには、
勢いで「おれ」になってしまうことがあります。
しかし、店に入って店員さんや給仕の人に向かっては使いませんし、
まして、仕事の相手や目上の人、初対面の人に対しては「わたし」一辺倒で、
「おれ」は使いません。
ところが、テレビドラマを見ていると、やたらに「おれ」が出てきます。
例えば『きのう何食べた』。
西島秀俊が演じる弁護士は(ちなみにこの人はゲイカップルの片割れです)、
所属する法律事務所の所長と思われる女性に向かって自分のことを「おれ」と言います。
依頼人に対しては、さすがに「わたし」ですが、
指導を任された若い女性の司法研修生には「おれ」です。
紳士的な人物であるだけに、よけいに違和感があります。
また例えば、『これは経費では落ちません』で重岡大毅が演じる営業部員は、
上司や先輩に対して自分のことを「おれ」と言います。
さらに、『結婚できない男』、その続編の『まだ結婚できない男』でも、
塚本高史が演じる建築事務所の男性が上司に向かって「おれ」と言い続けます。
これらは社会の状況を反映しているとは思えません。
こういう自称を広めようという意図があるのでしょうか。
テレビには昔から人々をある方向に向かわせる役割を負わされている面があります。
洗脳装置として機能しています。
これもまたその役割を示す事例の一つのように思われてなりません。
実に嫌なことです。
上記の三つのドラマは、どれも面白く、
役者バカ(私にとっては役者さんに対する最大級の褒め言葉です)の名演技が楽しめます。
それだけに、残念に思われます。
