アンナー・ビルスマ讃
2023年 06月 07日

友人と久しぶりに会ってバッハの無伴奏チェロ組曲の話になり、
かつてよく聴いたビルスマの演奏のことを口にしました。
数日後、もう何年も聴いていなかったそのCDを鳴らすと、
記憶に違わず、実にいいのです。
音の流れがその微妙なニュアンスがいわば心身のリズムにぴつたりと合い、
伸びてほしいところは伸び、細かくしてほしいところは細かく、
大きくしてほしいところは大きく、小さくしてほしいところは小さくなる。
すべての動きがこちらの望むとおりになされます。
いや、もちろん、これは不正確な言い方だということはわかっています。
望むとおりになされるのではなく、演奏が始まるや、
まるでこちらがそう望んでいたかと思われるようなしかたで音楽が流れるのです。
それは、音楽がもらす愉楽を実感させてくれます。
強い刺激や奇を衒つたやり方でこちらを驚かすようなものは何もなく、
そこにあるのは心にしみる音楽だけです。
バッハもビスルマもチェロもどうでもいいのです。
それはバッハでなればならないし、ビルスマでなればならないし、
チェロでなればならないのですが、しかし、
それがこうやつて演奏されれば、もうそんなことはどうでもいいのです。
CDに添付されている冊子にインタヴューが載っていて、
これまた久しぶりに読み返すと、目頭が熱くなるほど実にいいのです。
ビルスマ曰く、
「私の同業者の演奏方法の中で、特に私の好まないのは、
彼等が歌い過ぎ、語らな過ぎることです。
バッハの組曲は《語る(speak)》音楽であって
《歌う(sing)》音楽ではありません。」
(傍線部は原文では傍点付です)
そして、こんなことも言います。
カザルスコンクールで一位になった後、音楽に飽き飽きして、
職変えを考えていたとき、ブリュッヘンから電話がかかってきて、
演奏会で通奏低音を頼まれた。
そして、その演奏会をきっかけに、音楽に対する情熱を取り戻した……。
(発言をそのまま全文引用したくなるのですが、我慢します)
ビルスマの言葉は、その奏でる音楽と調和していて、
しかも、それが至極当たり前のことに思われ、
普段はCD添付の冊子などほとんど読まずに
CDに入っている音楽を聴くことだけしている私の胸を打ちます。
今どうしているのかとネットで調べたら、
2019年7月に85歳で亡くなっていました。
ブリュッヘンが10年近く前に亡くなったのは知っていましたが、
ビルスマのことは知りませんでした。
残念ですが、十分長生きですし、
演奏家としての仕事は全うした人生だったと推測します。
バッハの無伴奏の新録音盤ほか、
ビルスマのCDはほかにも持っていますので、
これから少しずつ聴き直して、
ビルスマのチェロが聴ける幸せを満喫しようと思います。
