ココロのボスならいいけれど……。

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最近、YouTubeで同志社大学の宗教史関係の講義をときどき見ているのですが、



その講義で、2018年度から小学校で,2019年度から中学校で



「道徳」が正式な教科になったということを知りました。







正式な教科になる前はどういう扱いだったのだろうと、ネットで調べたら、



「心のノート」「心の教育」という言葉が目に入りました。



ダメです。私はそれらの言葉に耐えられません。







2002年以降、全国の小中学生に「心のノート」なるものが配布されていたとのこと。



ああ、いやだいやだ。







『もーれつア太郎』の「ココロのボス」なら、悪くないし、懐かしいですが、



「心のノート」「心の教育」はいけません。



中身は知りません。素晴らしい中身なのかも知れません。



中身以前に、言葉として、ただ、ただ、気色悪い。



ココロのボス風に言います、「大っ嫌いのココロよ!」です。







ニュースサイトによると、



2014年からは「私たちの道徳」なるものに変わったとのこと。



これは気色が悪いというよりも、奇々怪々。



「私たちの」「道徳」ってどういうこと?



なんだかもう滅茶苦茶。







言葉の軽視こそ、反道徳の最たるもの。



何か魂胆があって、わざとやっているのでしょうか。



そうとでも考えないと、あまりにも不可解です。







なお、「道徳」が正式な教科になったので、



今は「私たちの道徳」の配布は行われていないとのこと。







私には子供も孫もいないので、



「心のノート」も「私たちの道徳」も知りませんでした。



知らないでいる方がよかったと思ってしまいますが、



知って耐えるのが衰退国家に生きる者の定め、



と、とりあえず考えることにします。



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by chronoir2023 | 2023-05-26 15:09 | 言葉 | Comments(0)

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