穏やかな音楽と激しい音楽
2023年 05月 20日

クラシック音楽が十代のころから好きなのですが、
若いころは、そのなかでもとりわけ激しい音楽が好きでした。
例えば、マーラーの第9番のブルレスケ、
ベートーヴェンの第7の第1・3・4楽章、
モーツァルトのピアノ協奏曲第20番の両端楽章、
交響曲第40番の終楽章、
ドヴォルジャークの第8番及び第9番の終楽章、
ショスタコーヴィチの第5番の終楽章、などなど。
一方で、有名なマーラーの第5番のアダージェットや
モーツァルトのピアノ協奏曲第21番の第2楽章の類は、
確かにきれいではありますが、
くり返し聴こうという気にはなれませんでした。
かったるいのです。
ところが、ここ数年、穏やかな音楽に魅力を感じるようになりました。
前述のマーラーの第5番のアダージョットなどは、
実にいい音楽に思われてきました。
そのほか、例えば、バッハのフランス組曲第2番のアルマンド、
同じくバッハの協奏曲あれこれの第2楽章、
フォーレの室内楽の緩徐楽章などは、奇跡のように美しく聞えます。
他方、かつては好きだったベートーヴェンの第7番の速い楽章や、
フルトヴェングラーの起伏の激しい入魂の演奏あれこれなどは、
煩わしくて、ほとんど魅力を感じなくなりました。
再び、ところが、です。
先だって、四半世紀ぶりに昔の仲間と飲み食いして非常に楽しかったのですが、
それをきっかけに、忘れていた昔のあれこれが実感を伴って思い出されました。
そうすると、激しい音楽、入魂の演奏を聴かないではいられなくなりました。
久々にモーツァルトの20番を聴きました。
フルトヴェングラーの演奏するエロイカ、
ブラームスの第3番の終楽章も聴きました。
実に心に沁みました。
シャウトやエレキやドラムスががなり立てる音楽が嫌いです。
あんなものの何がいいのかと思います。
しかし、ここに至って分かる気がするのです。
その種の音楽を好んで聴く人は、ストレスが溜まっているのだろうと、
世の中や自分自身に対して我慢できないことがあるのだろうと。
激しい音楽を聴くことで多少なりとも精神の安定を保っているのに違いないと。
そんなことを考えました。
