映画『砂の器』で納得できないこと

映画『砂の器』で納得できないこと_f0405897_21313147.jpg

映画『砂の器』は日本映画史上の屈指の名作だと思います。


DVDを持っていて、数年に一回は視聴しています。


しかし、この映画、どうしても納得がいかない点が一つだけあります。




「お義父さんは東北弁を話さなかったか」と刑事に訊かれて、


元警察官(殺人事件の被害者です)の養子である男性は、


そんなことは全くないと答えます。


これです、納得がいかないのは。




殺された元警察官は、岡山生まれで、


警察官をやめてのちは故郷で雑貨商になっています。


出雲地方で警察官をしていた期間は地元民に合わせて


「東北弁」を話していたのだとしても、


岡山に戻ってからはもう話さなかったのでしょう。


そう考えれば。養子の答えに不自然な点はありません。




ただし、この元警察官は、並外れて人望のあった人です。


亀嵩勤務の時代の友人知人との往来や電話のやりとりはなかったのでしょうか。


あったならば、そのときは「東北弁」で話したはずで、


それを養子が耳にしたことがなかったとは考えにくく思われます。




その証拠に、東京で音楽家と会ったとき、「東北弁」で話すのを聞かれています。


だからこその刑事の質問です。


音楽家が亀嵩に滞在した期間は、そう長くはないと推測されますが、


それでも元警察官は音楽家に向かって「東北弁」で話しています。


となれば、亀嵩の住人や出身者と話す際は、当然、「東北弁」になるでしょう。




亀嵩勤務時代の友人知人との警察退職後の付き合いは、


あったとしても手紙や年賀状程度だったということなら、理屈は通りますが、


並外れて人望があった人なのに、その程度なのでしょうか。




ストーリーの重要な要素であるだけに、気づいてからは、


この映画を観るたびに結構気になります。




すでにどこかでどなたかが指摘していることなのかもしれませんが、


いまだに目にしたことがないので、ここに書いてみました。


名前
URL
削除用パスワード
by chronoir2023 | 2023-05-11 21:34 | 映画 | Comments(0)

日々の暮らしの中で感じたことや考えたことを書きます。


by chronoir