年齢と年数の感覚について

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年をとって驚くことがいくつもありますが、


そのひとつに歴史的な年数に対する感覚の変化があります。



明治維新は1868年だとか、奈良時代が始まったのは710年だとか、


大化の改新は645年だとかは、たいていの人は知っています。


あまりにも当たり前のことで、


ふだんそんなことを考えることは殆どないのではないでしょうか。



それらを覚えている人が覚えている所以は、


小中高の社会科あるいは日本史で触れ、


校内のテストや受験で覚えた経験があるからでしょう。


換言すれば、十代の頃に意識に定着させ、


その後は気に留めずにきた人が大部分でしょう。



たとえば18歳の人にとって、


明治維新は自分の年齢の9倍年ほど前、


奈良時代の始まりは73倍年ほど前になります。


西暦元年は112倍年ほど前になります。



奈良時代や西暦元年は遠い遠い昔のことといえます。


明治維新だってそうでしょう。


つい数年前までは私にも漠然とそのように感じられていました。



しかし、数年前にふと気づいたのです。


60歳の者にとっては明治維新は2.5倍年ほど前にすぎない。


生きてきた60年はそんなに長いものには感じられない。


の2.5倍ぐらいは全く大した長さではない。


生きてきた60年を2回半分生きる長さにすぎない。


となれば、明治維新などついこの前にすぎないではないか。



別段長生きしたいとは思わないのですが、


このまま100歳まで生きたと想像してみると、


西暦元年など100歳の20回程度前にすぎない。


十分想像できる長さです。


イエスが実在したとして、それほど前の人ではないように思えてきます。



一万年は、100歳の人生を100回生きれば、達してしまう年数です。


農耕の始まりだって、そんなに前の話ではない。


人間社会の変化の速度たるや、その中身の良し悪しはともかく、


凄いものだ、という思いが強くなります。



兎にも角にも、年をとるというのは、


何とも面白いことだとつくづく思います。


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by chronoir2023 | 2023-05-09 22:32 | 歴史 | Comments(0)

日々の暮らしの中で感じたことや考えたことを書きます。


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